「海軍軍人の始末」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「海軍軍人の始末」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國の自立自衛の爲めに軍備の必要なるは今更ら云ふまでもなきことにして國民たるものは巨額の軍費を負擔して敢て辭せざる次第なれども更らに經濟の點より觀察するときは國民中の最も活溌にして最も生産力に富める有爲の壯年を徴發して海陸の兵籍に入れ殖産社會より引放して全く不生産的に使役する其消費高は非常のものにして例へば心身の發育完全なる普通の人間は一身の生活を支ふ可き費用に二倍の所得あるものとすれば一國の上より見れば軍備の爲めには詰り其額に三倍のものを消費する割合にして假りに我國にて軍人の給養に支出する年額を三千萬圓とすれば實際國の全體にては九千萬圓を消費するものと云はざるを得ず然かのみならず若干年の間、兵役に服して軍隊的の生活に慣れたるものは自から一種の氣風を養ひ成して退役の後、自活の業に就くに多少困難の事情なきに非ず經濟上大に考ふ可き所にして軍備擴張に關しても自から種種の説ある所以なれども我輩の所見を以てすれば海軍の擴張に就ては假令ひ多數の軍人を養成するも割合に是種の患を免かるるもの多きが如し聊か其次第を語らんに海軍の任務は單に戰時の必要のみならず所謂平時の任務なるものを見るに商船居留民の警備は勿論海上を警邏して難破船を救助し漁業を保護するが如き純然たる警察の事を行ふものにして是等の任務は若しも海軍の設なきときは更らに他の方法に由て是非とも目的を達せざる可らざるものなり殊に近來商船航路の擴張に就ては海軍の保護を要することますます大なるは勿論にして然かも其保護は商賣貿易の發達を助くるに缺く可らざるものなれば海軍の設は平時と雖も國の殖産業と並行して割合に不生産的の消費は少なきものと知る可し

〓は〓任〓上に就て見たるものなれども凡そ海陸軍を〓〓〓〓下士卒が〓〓の後これに適當の〓〓〓〓〓るの〓〓〓〓〓に〓〓する所にして之が爲めには特別の〓〓〓〓〓〓て或は〓〓又は普通の属〓〓用ひ〓〓〓〓〓〓〓守の類に採るの道を開くの〓なり盖し兵役を罷めて普通の生活に復するものは年年非常の數にして其輩は服役の爲めに職業に就くの機會を失ひたるものなれば政府に於ても其就職の便を得せしむることに盡力す可きは勿論なれども斯る多數の輩を悉く採用するは數の許さざる所のみならず實際に其輩の中には一種の氣風を帶びて普通の生活に復すること容易ならざるものもなきに非ず即ち何れの政府に於ても其始末に苦しむ所なれども各國の經驗に據るに海軍の退役兵は割合に職業を得るに易くして其成績も惡しからず現に英國などの例にては一般の土木建築業又は消防隊等に採用するに水兵は陸兵に比して甚だ便利なりと云ふ我國にても陸兵の除隊者は俗に徴兵歸りとて或は入營中の習慣を改むるに難くして從來の家業を厭ひ一身を持崩すなどの沙汰もなきに非ざれども水兵に至りては斯る沙汰も割合に少なく職業を得るに苦しまざるは畢竟その教育技術が殖産社會の需用に應ずるが爲めに外ならざる可し聞く所に據れば機關兵の如きは商船の乘組員として其需用多く隨て報酬も豐なるが故に服役滿期を待て業を轉ぜんとするもの多く又機關兵に限らず一般の水兵の如きも自から技術の素あるに由り鐵道その他の工事に使用するに適當にして殊に電氣の技術などには其需用頗る多しと云ふ况んや今後航海業の發達に隨て其乘組に人を要することますます多多なること疑なきのみならず現に今日と雖も轉職を望むもの多き次第なれば如何に多數の兵を養ふも他日に至りて其始末に窮することは萬萬ある可らず又將校の如きは退役の後は商船の士官もしくは監督として生産の事業に身を轉ずること甚だ易し世界海軍國の例にして寧ろ殖産の爲めに喜ぶ可きの事實と云はざるを得ず左れば一國の軍備は自立自衛の必要にして其經費の不生産的なるは素より覺悟の前なれども海軍軍人の養成に至りては其任務の直接に必要なるは勿論、間接には恰も殖産社會の爲めに有用の人物を教育するものにして决して不生産的の事に非ず自から海軍擴張に伴ふの利益として認む可きものなり