「孰れか敵にして孰れか味方か」
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時事新報に掲載された「孰れか敵にして孰れか味方か」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政黨に機關新聞の必要なるは云ふまでもなきことなれども之を用ふるに注意せざれば却て飼犬に手を咬まるるが如き奇難ある可し現内閣は其開業以來未だ見る可き政策を施さざるより反對派新聞紙の論鋒は專ら人身攻撃に向ひ或は人の古疵を發き或は事實を捏造して熱罵冷評する其口調は如何にも野卑にして恰も下司下郎の喧嘩に似たるものあり盖し惡しざまに罵りさへすれば相手の信用を損するに足り隨て其主人に忠なる可しと誤解し主人も亦殿樣にして己れに諂諛して他を惡口するを見て憎からず思ひ敢て叱責せざるより斯る醜體を呈するものならんと雖も其人を傷けんとて放ちし矢が却て我身を害するこそ氣の毒なれ假令ひ當路者の擧動に卑劣なることありとするも之に反對するものの言論にして一層卑劣ならば世人は雙方を比較して寧ろ卑劣の少なき方に心を寄するは勿論なれば餘りに口穢なく非難するは恰も天下の人心を驅て敵に資するに異ならず此點より見れば前内閣派の機關新聞は其主人に不忠にして却て現内閣の爲めに偶然の政友と云ふも可なり又現内閣派の新聞を見るに是れも甚だ拙なる言論少なからざるが如し例へば伴食宰相を放逐す可しと論ずるが如きは我輩の其意を解するに苦しむ所なり所謂伴食宰相なる者は他の閣員と氷炭相容れざるが初めは相共に提携し得べしと信じて引入れながら今俄に之を逐はんとするは取りも直さず當路者の不明を表白するものにして其信用を損すること自から大ならざるを得ず夫れも時宜に依ては是非なき次第ならんなれども中堅の當路者に果して斯くまでの决斷あるや否や假令ひ决斷ありとするも殆んど半數の大臣を更迭せしむるは内閣の爲めに自から一大事なればいよいよ實行の其時までは决して口外す可らず或は其所謂伴食宰相の中には心優しくして事を好まず政府の都合とあれば何の苦情もなく颯颯と去る者もある可しと雖も故らに敵意を含みて放逐す可しなど論ずるに於ては彼等も亦有情の人なり怫然として怒るは勿論にして無造作に行はる可き事も案外困難と爲ることある可し若し又政府に於ては今日のままにて推行く積りなりとするか放逐を云云するが如きは故意に閣員を離間して軋轢遂に全體を自滅せしめんとするものにして味方の新聞にあるまじき所業と云はざるを得ず現内閣派の新聞は此點より見れば前内閣の機關と云ふも可なり淵の爲めに魚を驅るものは〓なり前内閣の機關新聞が現内閣の爲めに人心を驅り現内閣の機關が前内閣の爲めに現内閣を破裂せしめんとす唯〓〓と云ふ可きのみ