「第十議會」
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時事新報に掲載された「第十議會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
第十議會
帝國議會はいよいよ成立を告げて本日開院式を行ふ可しと云ふ我輩の所見を以てすれば目下我國の急務は外に對して國權を維持し國利を増進するの一事にして其目的を達するが爲めには斷じて他を顧みる可らず即ち外交の規模を大にして其働きを機敏ならしめ海軍を擴張して自國自衛の道を全うするは勿論通商航海移民の奬勵保護の如き孰れも事の最も急なるものにして其實を擧ぐるには差當り大に金を要せざるを得ず是等の施設に對する政府の財政計畫は未だ知るを得ざれども今の國勢に於て歳入増加の必要は數の明白なる所なれば當局者たるものは斷然その决心を以て進むこと肝要なりとして扨その増加の一段に至りては國民に訴へて其同意を得ること素より必要なれば誠意誠心、大に心膽を披いて事を謀らざる可らず政府が對議會の覺悟は斯くの如くにして始めて當局の責任を盡したるものなれども若しも此大决斷を斷ずる能はず單に目前の小利害に汲汲たるに於ては國民の失望は免かる可らずと知る可し或は彼の新聞禁停止の廢否問題の如き議會に於ても自から議論の喧しきを見ることならんなれども實際に於ては禁停止の如き之を廢するも廢せざるも國家の利害に關する大事に非ず孰れにしても目下の急務には差支なき斯る問題を以て只管議會に爭ふが如き斷じて取らざる所なれば政府の當局者たるものは國家の急務を先にして誠意誠心以て議會に臨む可し敢て〓〓所なれども若しも政府に其决〓なきに於ては議會は〓〓〓進んで政府の决斷を促し〓〓〓〓に〓するの〓〓〓〓せざる可らず斯くの如くにして始めて國民の滿〓を得べきのみ
東京市内の電話
凡そ商賣の目的は普く世間の需用を充して世の便利を計ると共に又自から利するに或ることなれば常に其需用如何に注目し啻に現在の注文に應じて不足なきのみならず將來の注文にも即時に應じて不便を感ぜしめざるの用意肝要なり若しも世間の需用は山の如くにして供給の督促甚だ急なるにも拘はらず悠悠として之に應ずるの凖備を怠らば是れ狂愚のみ以て事業を托するに足らざるなり民間商賣の本色斯の如しとすれば政府が自から進んで事業を營むにも亦此心得を以て事に從ひ少なくとも民業にて與へ得べき丈けの便利を與へざる可らず電信なり郵便なり之を民業に委せずして國家の事業とするは會社又は一私人の手を以てするよりも一層完全に業務を營むことを得べしと信ずればなり若しも官業なるが故に不便にして民業に移せば其不便を除き得べしとならば寧ろ之を民業とするに若かず然るに今政府の電話事業を見るに世間の需用は飢者の食を求むるよりも急にして架設の申込書は山の如く堆積するに似ず供給の凖備は遲遲として牛の歩むが如く東京市内現在三千有餘の出願に對して本年度内に増設するものは僅に五百に過ぎず來年度に於ても亦同樣なりと云ふ斯の如くんば三千の需用を充すには六年を要する勘定にして此六年の間には又又幾千の新需用者を生ず可きは明白なれば今後幾十年を經るも一切の注文に應ずること能はざる可し如何にも緩慢至極にして都人士の堪へ得べき所に非ざれば此に既設の電話に價を生じて其價は次第に騰貴し昨今は一箇五百圓内外にて賣買するのみならず今明年の内に架設せらるべき未來の加入權をも百圓或は二百圓の高價にて取引するもの多しと云ふ盖し之を五百圓に買ふものあるは即ち五百圓にも替へ難き便利あるが故にして一箇を増設すれば此に五百圓の富を増したると同樣なれば三千の注文を空うするは正に百五十萬圓を損するものと云ふ可し政府は常に實業を奬勵す可しと揚言しながら實業に最も必要なる電話の増設を緩慢にし世間の人をして百五十萬圓にも替へ難き無限の利益を失はしむるとは何事ぞや或は戰爭の爲めに一時事業を中止したりとか又は資本乏ぼしきが故に思ふ樣に擴張する能はずとか自から種種の申譯もあることならんと雖も其申譯は一切聞くに足らず既に民業に許さずして政府自から進んで此業を專有したる以上は之を完成して不便を感ぜしめざるは即ち政府の責任にして如何なる事情あるも其責を辭す可らず况んや戰爭の爲めに一時事業を中止したるは餘義なき次第とするも今年は既に戰爭なし來年も亦當さに此事なかる可し何故に今年も五百に限り來年も亦五百に限りて世の切なる希望を空うせんとするか電柱は山林より切出せば即時に辨ず可し電線其他の要具は若しも内國の製造にて間に合はざれば外國に注文して可なり是亦幾何にても即時に辨ず可し殘る所は金の問題にして第九議會は電話改良費として本年度に於て百六十萬圓、來年度に於て二百萬圓を議决したれども是れにては〓〓〓足とならば増して三百萬圓と爲し又五百萬圓とする〓〓〓〓無益に棄つるは一錢にても愛しむ可しと雖も斯の如く有益急要の事業に投ずるは之を投ずること益益多くして收むる所の利益いよいよ大なる可し少しも愛しむに足らざるなり現在の需用を充すと共に將來の設計に付ても充分擴張の餘地を存せざる可らず政府が初め電話事業を起すや其加入者を三百人と見込みて設計したるに其後加入者次第に増加して千何百名にも達したれば俄に不都合を感じて最初の細く短き電柱を捩て太く長き柱と取替ふるなど餘計の手間と費用を要したり而して今日の規模を聞くに凡そ一萬人の加入者を目的とすると云ふ又又遠からずして改造の必要に迫ることなかる可きか我國商工業の發達は著るしきが中にも東京市の繁昌は亦格別にして人口は日日に増加し事業は年年歳歳勃興して止まる所を知らず數年前三百名足らずの電話加入者が忽ちにして千人となり二千となり今は加入申込者を併せて既に五千にも達したるほどなれば其一萬以上に達するも盖し遠きに非ざる可し交換局の敷地建物の如きも成る可く手廣くして今後の發達に應ずるの用意肝要なる可し