「豫備巡洋艦」
このページについて
時事新報に掲載された「豫備巡洋艦」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
海軍擴張は正式の軍艦兵器を製造し正式の將校水兵を養成するのみを以て滿足す可きに非ず平時に於て商船海員其他沿岸の壯丁を海軍の豫備に編入し一朝事あるの日に之を徴發して常備海軍の補助に供するの組織は兵力充實、國家經濟双方の點より見て最も適切の方案ある可し歐米の海軍國が強有力の海軍を備ふるにも拘はらず夙に此組織を創めて爭て其利用法を講ずるは尤もの次第にして我國の如き幸に目下航運振起の勢を呈して商船の新造海員の養成に忙はしき折■(てへん+「丙」)この仕組を創設するには又となき好機會と云はざるを得ず扨その組織は船と人とより成るものにして甲を豫備巡洋艦又は代用巡洋艦(Reserved Merchant cruiser or Auxiliary cruiser)乙を海軍豫備員(Naval Reserve)と云ふ先づ船より述べんに豫備巡洋艦とは云はば兵商兼用の汽船にて平時は商船として旅客貨物郵便物等の運搬に從事しながら戰時もしくは事變の際には直に武器を備付けて軍役に就くものなれば其構造は商船と巡洋艦とを折衷し速力、石炭搭載量、機關部の保護、防水區劃の數、大砲、彈藥等には夫れ夫れ一定の制限を要するものにして隨て普通の商船と比較するときは總噸數の割合に船室倉庫(旅客貨物を入る可き)を幾分か狹くし又製造費の如きも自から嵩まざるを得ずと雖も郵便船、旅客船(速力と快適とを主とす可き)たるの實に於ては自から差支なきものなり軍艦には幾多の種類ありて其種類に從て自から用途を殊にするは曾て記載したるが如くにして新式の商船にて巡洋艦の代用を爲す可き資格のもの(即ち速力大にして防水區劃の數多く機關部の保護を厚くし且つ大砲彈藥の備付あるもの)は艦隊の補助として偵察報知等の任務に當り又は敵國の商船に遭ふときは容易に之を捕獲破壞するを得べく然かのみならず戰時に於て我商船を保護するは軍艦任務の一なれども此種類の船は自衛自防の力あるが故に自から軍艦の勞を省くの利益ある可し日清の戰爭に際して近江山城、西京その他數隻の商船を海軍の補助用に充て(速力遲きが故に偵察報知等の任務には用ひられず)水雷母艦、工作船、病院船等として相應の任務を盡したるは世人の知る所なれども實際には速力と云ひ構造と云ひ甚だ不充分にして巡洋艦代用の目的を達すること能はざりしと云ふ左れば今後萬一の塲合に備ふる爲めには是非とも新式の商船を製造して眞實代用たるの資格を有せしめざる可らず彼のオデツサと浦鹽斯徳との間を往復する露國義勇艦隊の新造船又加奈陀、日本、支那間の定期航海に用ふる加奈陀太平洋會社の三姉妹船(エムプレツス オブ ジヤパン、………チヤイナ、…………インヂヤ)の如きは吾吾の常に目撃する所にして眞成なる豫備巡洋艦として見る可きものなり外國を見るに豫備巡洋艦の制は一千八百七十六年英國に創めてより〓〓露、佛、伊、獨、西、米の諸國も之に傚ひたるものにして〓重なる國國に就て其數を算するに
〓 〓數 噸 數 速 力
節
英 二九 二〇〇、〇〇〇 一五乃至二一
露 二四 一二〇、〇〇〇 一四乃至一九半
佛 九 六〇、〇〇〇 一七乃至一九
獨 一〇 八〇、〇〇〇 一六乃至一九半
伊 八 五〇、〇〇〇 一五乃至一八
米 四 五三、六〇〇 二一
(右の外政府より特別の補助金を受けざるも巡洋艦に代用す可き資格の汽船は各國共に其數甚だ多し米國の如きは是種の汽船三十餘隻に備付くる爲め目下速射砲の製造中なりと云ふ)
是等の船舶は其製造費殆んど普通汽船の倍額に上るのみならず平時に於ては定期航海を爲し郵便物を搭載するの義務を負はしむ可きものなれば政府より特別の保護を與ふ可きは固より當然にして外國にては或は一定の法律を設け又は會社と特約を結んで少なからざる補助金を給するの例なり或は其組織に付き露國の義勇艦隊に傚ふて一種の義勇會社を設くるの説あれども其成行を考ふれば彼の前年の三菱共同會社の競爭の如き結果を招き寧ろ航海業の發達を妨ぐるの掛念なきに非ざれば敢て取らざる所なりとして我輩の所見を以てすれば彼の造船航海兩奬勵法の中に海軍省の設計もしくは其認可の設計に據て製造し戰時巡洋艦に代用す可き資格ある汽船には規定奬勵金の幾割を増加す可しとの意味を加ふると同時に政府は新に豫備巡洋艦規則を設けて其船體、機關、速力、石炭搭載量、武裝、旗章等に關する要件並に其檢査法、海軍豫備編入の件、乘組員の幾分は海軍豫備員を用ふる等の事を詳細に規定す可し斯くて是種の船舶の製造を促すときは民間に於ても自から之に應ずるものあらんなれども目下差當り若干の數を必要と認むるに於ては或は政府にて製造の上、既成の會社に貸渡すが如きも自から一法なる可し終りに臨み或は我國は去る明治廿年を以て彼の巴里宣言に加入したれば是種の兵商兼用船は宣言中の私艦(Privateer)禁止の條項に抵觸することなきやとの疑を懷くものもあらんなれども彼の宣言は單に普通私有の船舶に關する盟約に過ぎず豫備巡洋艦は政府に於て既に其所有の會社もしくは個人と特約の上、豫備籍に編入し且つ豫備員の幾分を乘組ましむることなれば純然なる海軍豫備として之を用ふるに差支はある可★ら★ず序ながら爰に一言するものなり