「海軍豫備員」

last updated: 2021-12-25

このページについて

時事新報に掲載された「海軍豫備員」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

軍艦の製造と共に乘組軍人を養成す可きは勿論なれども艦數の増すに隨ひ平時に於ては豫備艦に編入するの必要あるが故に常に全艦隊に要する人員を養ふが如きは海軍經濟の許さざる所且つ一たび現役を去て豫備後備に入るものは疾病その他の故障の爲め戰時の召集に應ずること能はざるもの頗る多きの例にして外國の經驗に據れば軍艦と乘組員との數は兎角平均を得ざるものなる其上に戰時には自から死傷者を生ずるを免かれずとすれば正式の常備後備の外に更らに商船の士官水火夫并に海事の心得ある一般沿岸の人民を以て一種の豫備隊を編制し平素に海軍的の訓練を施して豫備巡洋艦その他の船舶に勤務せしめ戰時に際して海軍死傷者の補充は勿論海岸防禦等の役務に使用すること陸軍補充兵の如くならしむ可し但し陸軍ならば國民軍を招集するも僅僅の訓練にて用を爲せども海軍は自から然るを得ず豫め特別の制を設くるの必要なる所以なり日清戰爭中民間より借用したる御用船に監督將校を始めとして砲員信號兵等を配乘せしめたるが如き畢竟商船に海軍的の素養なかりしが爲めにして本來軍艦の補助たる可き商船が却て有用の人員を海軍より奪ひたるは常例に反對の奇觀を現はしたるものと云ふ可し歐米の海軍國に於ては戰時補充の凖備として何れも海軍豫備員の法を定めて商船の士官水火夫を始めとし海上の業に從事する舟夫漁民を〓募して豫備員名簿に登録し(但し英國は志願主義にして大陸諸國は強制主義を用ふ)年年〓〓の期限間練習艦に乘組み或は海岸砲臺に就て〓〓せしめ〓〓中は海軍軍人と同等の俸給を受け又豫備員たるものは陸軍の徴兵を免除し一定の服役年限を終りたる上は恩給をも受くるの例なる中にも此制度の最も完備したるは佛國にして夙に海軍登籍法を制定し沿岸地方に居住して漁業又は航業に從事するものは十八歳より海員名簿に登録して五十五歳まで其籍に在らしむることと爲し滿二十歳に至れば召集に應じ最寄の鎭守府に於て一定の訓練を受けしむる其服役期限は七個年なれども實際軍艦に乘組で勤務に服するは三年半位に過ぎずして其餘は豫備に編入せられて隨意に自營の業に從事するを得べし而して此種の豫備員は以上の義務を負擔する其報酬として政府より種種の特典を受くる其個條は漁業航業に就ての特許を有し、在種の租税を免除せられ、他の公役に服するの義務なく、旅行には舟車等の特別割引を得、五十五歳に至り服役滿期と爲れば一定の恩給を受け、軍艦商船を問はず勤務十二年半に及ぶものは特に養老金を給せられ又その兒童は海員孤兒院もしくは海軍幼年水兵學校に公費入學を得る等その他、一にして足らず現に同國にて該名簿に登録せられたる海員は凡そ十三萬五千人、其中四萬人は何時にても軍艦及び海岸防禦の役務に堪へ得べき熟練屈強のものにして此一點に於ては流石の英國も企て及ばずとして羨む所なりと云ふ今我國にては海員の技術免状を有して西洋形船舶の船長、運轉手、機關手たるもの及び水火夫の數を合算すれば八千餘人の多きあり其他和船、艀舟、漁船、小廻船、遊船等(凡そ六十萬隻)の船頭舟子の輩も非常の數なる其上に漁業者のみにても全國にて二百萬以上なりと云へば適當の方法を以て海軍的訓練を施さんには有爲堪能の豫備員を得ること容易なる可し其方法は佛國の例に傚ひ海軍登籍法を制定し各鎭守府にては管内沿岸の住民より海事の心得ある壯丁を撰拔して豫備員名簿に登録し最初は相當の期限間所管の軍艦もしくは海兵團に於て成る可く實地速成を主として一通りの訓練を施し爾後は年年召集して復習せしむることと爲し豫備巡洋艦の乘組員、望樓、燈臺、水難救濟所等の看守には必ず其輩を用ひ又必要の塲合には軍艦の乘組にも補充すること無論なり(英國にて豫備巡洋艦の乘組員の半數は成る可く海軍豫備員を以て充つるの規則なり)又商船の士官水火夫にも年年適宜の海軍的訓練を施して海軍豫備員として尉官下士卒相當の地位を與へ商船學校水産學校の卒業生にも同じく豫備員の資格を得せしめ又海軍の豫備後備の籍に在る將卒をば成る可く外航の商船に乘組ましめ海上の習慣を失はざらしむると同時に其船内の海軍的訓練の事に當らしむるが如き双方の便利なる可し豫備員名簿の調製を始め服役年限、年次招集、徴兵免除、恩給、遺族扶助等の事は海軍登籍法中に總て規定す可きこと勿論として其詳細は當局者に一任し斯くて沿岸の住民悉く海兵たるが如き組織を爲さんこと我輩の希望する所なり