「民論の勝利」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「民論の勝利」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

民論の勝利

政府は今度新聞條例を改正して政治上の言論を自由にし集會政社法の中より演説の中止解散、政黨政社の聯合禁止を除き且つ保安條例を廢する決心にて既に其議案を提出し或は將に提出せんとするよし人事自然の勢にして斯くある可き筈のものなり西洋の立憲國に於ては言論を以て政權を爭ひ勢を得たる政黨が交る交る朝に立て政を行ふの常なれども日本の代議政治は未だ此場合に至らず藩閥の元老は政權を握れども政黨の味方なくして自から孤立の姿に陷り民閒の政客は黨輿を團結したれども威望未だ足らずして容易に政府に入る能はず昔しならば腕力にも訴ふる處なれども今日の時勢固より斯る手段を容さゞれば專ら新聞演説の力に依賴して内閣を乘取らんとするに付ては政府に於ても自から防禦の工夫なかる可らず本來を云へば新聞に對しては新聞、演説に對しては演説、政黨に對しては政黨を以てす可き筈なれども是等の武器を使用するの技倆に至ては多年苦辛せる民閒の論者に及ぶ可くも非ず乃ち新聞紙の發行停止、演説の中止解散、政黨運動の束縛權を改め、窮すれば則ち此權を振廻はして敵の鋭鉾を挫き以て辛くも政權を維持したるは今日までの有樣なり左れば言論は民閒政客唯一の攻道具にして新聞演説の束縛は治安維持の爲めと稱すれども寧ろ政府方の政權防禦策とも云ふ可きものなれば言論自由の議論喧しきにも拘はらず政府が頑として多年其希望を拒みしも偶然に非ざる也り然りと雖も斯る防禦は畢竟變明の手段にして恰も鐵砲の時代に弓矢を以て爭はんとすると同樣なれば永く維持す可きに非ず既に議會を開て議政權を人民に與へたる上は自から政黨の力に依賴せざるを得ず既に政黨の力に依賴する上は政黨が唯一の武器として恃む所の言論集會を自由にせざるを得ず大勢の命ずる所にして爭ふ可らざるのみならず本來議會を開きしは民論に歩を讓りしものなれば議政權を與へながら政黨を擯斥せんとするは猶ほ敵に武器を授けながら其武器の用法を禁ぜんとするが如し又既に政黨に依賴し乍ら依然言論集會を束縛せんとするは恰も孤城守り難くして和を媾しながら刀は渡さずとて剛情を張るに異ならず共に不通の申分なれば今日に於て國民一致の希望を容るゝは當然なるのみか前日自由黨と提携の時に於て既に此決心ある可き筈なり民閒の政客を敵として抑へんとすればこそ彼等を制するの武器も必要なれども既に城壁を撤して相共に運動せんと決心したる上は最早や斯る武器を用ふるの地ある可らず若しも強て之を保存して朝に立つ者は之を以て在野黨を苦め在野黨が時を得たるときは又之を以て復讎を試み交々相迫害することゝもならば政界は甚だ殺風景にして政權は滑に運轉す可らず松方内閣が之を制せんとするは疾に廢す可きものを制せんとするまでにして特に新發明として驚く可き程どの事にも非ざれば若しも今の内閣が應ぜずんば次の内閣は必ず之を廢す可し分り切りたる事なるに然るに今尚ほ之に反對する者あるは何〓〓〓〓〓内閣甚だ〓くして唯だ專制時代の〓〓を脱〓〓〓〓政治の世にも所謂議院内閣を維持するを得べしと信ずるが爲めか又は區々たる小政略に溺れて大體の事理を忘れたるが爲めにして恰も太陽既に東天に昇りしを知らず尚ほランプを點ぜんとするが如し唯憫む可きのみ