「海軍擴張の國是を定む可し」
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時事新報に掲載された「海軍擴張の國是を定む可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
海軍擴張の國是を定む可し
我輩は窮冬以來連日の紙上に號を重ねて海軍の事を論じたり目下内外の形勢より海軍擴張の急要を認め其目的を達せんとするの希望に出でたるものにして尚ほ未だ盡さゞる所多けれども日本の軍備は海軍を主位に置き東洋の海上權を占有するを目的として擴張を謀る其方法手段を如何にす可きやの大意に至りては識者の了解を得たることゝ信じ爰に一先づ筆を擱するに當りて一言以て一般國民に告げざる可らざるものあり抑も國に軍備の必要なければ夫れまでなれども既に其必要ある以上は充分に有效有力のものを備へて飽く迄も一國自衞の目的を實にせざる可らず而して其軍備は我國の位置形勢より見て主として海軍に依賴す可きは明白の次第にして然かも目下緊急の必要にこそあれば政府の擴張計畫の如き前後十年の期限を五年にも七年にも短縮して一日も早く事の完成を告げざる可らざる就ては差當りの必要は費用の支出にして其支出は國民の決心に疑ふ可きものなり現在の國力を以てすれば綽々辨ずるに餘りあり我輩の保證する所にして軍費の增長敢て差支えなしと雖も今の國民は專制時代の國民に異なり護國の軍備を單に政府に一任して安心す可きに非ざれば國民銘々に自から必要を認めて其實際に應じて費用を支出するの考なかる可らず民心果して決して得て疑なきや否や軍備は國を護るの目的なりと云ふ其國を護るとは取りも直さず國民銘々の財産を護るものにして國の軍費は即ち家の財産安全の保險料と見て可なり世界外交の形勢は變化極りなく朝に在て夕に薨る可らず若しも一旦分裂の曉に國の有力の軍備なくして敵艦の來襲を海岸に引受くるの場合もあらば其有樣は如何なる可きや日淸戰爭の如き我國は終始攻撃の地位に立ちしかども御用船徴費の結果として一時船舶の不足を告げ貨物は停滯し運賃は騰貴して商賣上に非常の不便を蒙りたるは現に經驗したる所なり戰勝の時にさへ尚ほ且つ然るを見れば反對の場合如何は想像に難からず陸上には自から備へありて敵の侵入を許さゞるも内外の航路は杜絶せられ港閒海峽は封鎖せられ鐵道電信は破壞せられて恰も四肢を縛ばられ脈絡を絶たるゝに異ならず全身の委縮衰弱を來さゞらんと欲するも得べからざるなり殊に考ふ可きは往昔の大砲の彈丸は三哩の外に達せざりしが故に領海區域の如きも海岸を距る三哩云々を定めたることなれども近來兵器の製造法は非常に進歩して新式大砲の彈着距離は七八哩より十二三哩に及ぶこと珍らしからざれば我國の如き東京の首府を始めとして所謂三都（京都を除き）五港は勿論、名古屋、仙臺、熊本等の如き苟も商賣繁盛人煙稠密の都會にして敵艦の砲撃を免かるゝの場所は甚だ稀れなる
〓〓〓を一旦戰爭〓場合には恰も全國を〓〓〓て敵の砲〓〓〓〓せし〓〓〓〓〓〓〓〓て〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓て之〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓軍力を〓し〓〓〓〓〓〓を占〓〓〓〓〓〓して一歩〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓なし等の事實を認めたらば國民たるものは如何にして現在の儘に安んずることを得べけんや英國の如き其國民は海軍の事を以て單に當局者に一任せず實業界の中心とも見る可き商業會議所は常に擴張の主唱者と爲り一方には政府を刺撃し一方には國論を喚起して怠らず彼の有名なる千八百八十九年の海防條例（即ち製艦費二億磅を支出して大小の艦艇七十隻を增製するの大計畫）の制定實行の如き會議所の盡力に出でたるもに外ならず（昨年十二月中の雜報に記したる如く近頃同國の各商業會議所は聯合して臨時議會を開き軍艦の製造に伴ふて乘組員を養成充實するの決議案を議決したりと云ふ）又同國には海軍同盟會の組織あり其會員は海軍の豫備將校貴族紳士紳商等より成るものにして政府の計畫を成立せしむることに盡力すると同時に一般の人民に海軍擴張の必要を認めしむるを目的として其周旋運動頗る目覺ましきものありと云ふ國民の熱心かくの如くにして始めて海軍の隆盛を期す可きなり左れば日本國民たるものも果して海軍擴張の必要を認めたらんには費用の支出の如き敢て惜しむに足らず只實際に有數有力の軍備を備ふるを目的と定め之を一國の國是としし自から進んで當局者の決心を促すすこと肝要なり我輩の敢て希望する所なり斯くて國是いよいよ決定し巨萬の金を支出して擴張の計畫を實にせんとするには其事に任ずる當局者の責任は甚だ重くして自から大に望む所なきを得ざれども其事は姑く後に讓りて爰に一先づ筆を擱すものなり