「皇太后陛下」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「皇太后陛下」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

皇太后陛下

皇太后陛下には此程より後不例の處、御病症差重らせられ遂に一昨十一日午後六時に崩御遊ばされたりと承る誠に恐入たる次第にして吾々臣民たるものは何と申上る辭もある可らず陛下には先帝孝明天皇の御宇に九條家より入内、立后の御大禮の閒もなく開國攘夷の議論沸騰して時の尚府たる德川政府も其始末に窮して國内の騷動いよいよ甚だしく先帝には恐れ多くも宸襟を惱ませられたること一方ならず爾來國事の爲めに一日も御寢食を安んぜさせられたることなきのみか或は禍亂遽に宸下に破裂して玉階の邊りに彈丸の迸飛を見たることさへなきに非ず今日より想像するも非常のことにして親しく先帝の御側に在らせられたる陛下の御心痛も容易ならざりしことならん亂極て治に反るは自然の成行にして斯くまでに御心を勞させ給ひたる其中に天下の大勢は次第に順に歸して漸く快復の氣運を呈せんとしたるに際し先帝には尚ほ春秋に富ませられながら中興の御盛業を見たまふに及ばずして遂に崩御あらせられ皇太后の尊稱を陛下に奉るに至りしこそ終天の遺憾にして陛下の御心情は如何なりしや察し奉るに餘りある御次第なれ然りと雖も今上陛下には御即位草々御幼少に渡らせられたれども夙に英明の御資を備へて先帝の御遺業を繼がせられ王政維新の大業を完くせさせ給ふ明治の新政は今更ら申す迄もなく天下一統、萬機改新のみならず國光を海外に輝かして日本帝國の位置を世界の表面に高めたるは開闢以來の壯快事にして帝室の御盛進前古無比と申す可し畢竟今上陛下が御祖宗を始め奉り先帝の御遺業を御大成遊ばされたる御成蹟にして陛下に於かせられて此有樣を御覽せられては大に御心を安んぜられたることならん而して我帝室の御運は國勢の振長と共に今後ますます隆盛を見るの一方のみなれば陛下の御壽は萬々歳にして永く帝室國業の盛運を御覽ぜられ上は天皇皇后兩陛下の御孝養を承けさせられ下は國太母として吾々臣民の上に臨ませられんこと希望に堪へず只管祈り奉る所なりしに此程より苟めの御不例と承りて一日も早く御恢復を祈りたる甲斐もなく遂に崩御の御沙汰に接して然かも先帝崩御御三十年の御期日に近き今日に國喪の不幸に遭はんとは實に思掛けざる所にして天皇々后兩陛下の御悲嘆は申上るも恐れ多し吾々全般の臣民は今更言ふ所を知らず只哀悼の外なきのみ