「造船規程」
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時事新報に掲載された「造船規程」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
造船規程
政府は昨年九議會の議決を經て航海奬勵法を發布したりしに其結果は豫想の外にして俄に航運振起の有樣を呈し〓〓規定の奬勵金を得んとするの船舶續々出來の勢なるより斯くては容易ならざる次第なり奬勵の金額には自から限りありて迚も世閒の需に應ずること能はずとて法律中に奬勵金を受く可き船舶は遞信大臣の定むる造船規程に合格したるものに限るとの制限あるを幸に其制限を窮屈にして成る可く奬勵金の支出を少なくせんとの説ありしかば我輩は大に其不都合を論じたりき然るに造船規程はいよいよ定まりていよいよ施行の今日に至りて扨實際の有樣を聞くに過日の雜報に記したる如く政府にては三十年度の豫算に奬勵金を得べき船舶を三十五隻と算して其奬勵金を百七十餘萬圓と見積りたれども現在の船舶中にては規程に合格して金を受く可きものは一隻もなかる可しと云ふ目下我國にて多數の船舶を有するものは日本郵船會社なれども同會社にて第一に指を屈する土佐丸さへも合格覺束なしと云ひ又山口丸の如きも檢査を請求したれども其檢査頗る嚴密にして殆んど船體を解剖し檢査を終りて修復を加ふるに凡そ一個月を費したる其結果は不合格に歸したり或は修復を施して其缺點を改めたらば合格の望なきに非ざれども其費用と時日とを計算すれば容易ならず山口丸にして既に斯くの如くなれば其他の汽船も同樣にして折角修復して合格したる處にて奬勵金を得べき年數には自から限りあるが故に迚も勘定に合はざるよし又同社より外國に注文したる新造船の如きも造船規程發布の爲めに中途にて構造を變更して豫算外の費用を要したりと云ふ抑も外國航海の奬勵は識者の夙に唱へたる所にして世閒に於ても次第に其必要を認めて一般の輿論と爲り遂に議會の問題に現はれて政府の發案を促し昨年に至りて漸く其實を見たるものなり折しも戰勝後國勢膨張の氣運に際して奬勵法の發布に遭ひたることなれば其效果して空しからず既成の會社は申す迄もなく新に船舶を製造し海外の航海に從事せんとするもの續々發起して其計畫甚だ盛に此勢を以てすれば我航海業の發達、日を期して待つ可しとて大に望を托したる所なりしに何ぞ圖らん政府は窮屈なる規程を發して法律に於ては奬勵を精神としながら實際には恰も其精神を抹殺したり現に奬勵法は昨年十月より實施したるにも拘はらず我國の船舶中には一隻も其恩惠に浴するものなしと云ふ法律を目的として計畫に着手したる當業者の迷惑は勿論、我航海業の前途を如何にす可きや若しも此儘にして止まんには折角發達せんとしたる外航の氣運は全く挫折して或は歐洲米國などの航路も中止を見るに至るやも知る可らず航海奬勵法は只是れ一片の空文に終らんのみ思ふに議會が國民の輿論を代表して航海奬勵の必要を認め政府の發案を促して其案を議決したるの精神は大に外交を奬勵して航業の發達を謀るが爲めなりしか將た又法律は立派に定めながら不都合千萬なる造船規程の如きものを製造して其發達を抑へんとするに在りしか其精神は問ふまでもなく明白なるに然るに實際に其法律は一片の空文に化し去りて何等の結果もなきのみか恰も航業家を欺て之を苦しむるの姿なり其始末は議會の默過すること能はざる所なる可し果して然らば今回の開會中に造船規程は果して我國の現状に適當のものなりや又その規程は果して法律の精神に背戻せざるものなるや否やを調査して大に之を論じ又實際に不都合あらば大に法律を改正して兔にも角にも當初の目的を實にするは議會の本分なりと云ふ可し