「航海奬勵法改正す可し」
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時事新報に掲載された「航海奬勵法改正す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
航海奬勵法改正す可し
航海奬勵法の不完全なるは今更ら云ふまでもなし政府が殊更らに窮屈なる造船規程など設けたるは法の缺漏を補はんとの意に出でたることならんなれども之が爲めにますます不都合を增して本來の目的までも抹殺せんとするに至りては言語道斷なりと云ふ可し造船規程の實際に不通なるは勿論、奬勵法其物も既に不完全とあれば先づ其本源よりして改めざる可らず或は該法は昨年發布のものにして施行草々改むるは如何なる可きやなど掛念するものもあらんなれども航海の奬勵は我國に於て未經驗の事柄のみならず其起草の際、政府の官吏は常業者の意見をも聞かず又實際の利害をも究めずして匆々筆を下して議會に付し議會も亦匆々議決して法律と爲りたるものなれば不完全に免かれざるも敢て無理ならず我輩は今更ら之を非難せんとするものに非ず只實際に當りて不都合の事實を確め得たる上はますます其非を遂ぐることを止め根柢の法律より改めて本來の目的を達することを期す可きのみ抑も政府が造船規程を窮屈と云はんよりは寧ろ過酷にして合格の船舶を少なからしめんと試みたるは現行法に奬勵金を與ふるの割合頗る多きに失して若しも制限を酷にせざるときは其金高莫大の額に上り出處に苦しむ可しとの掛念に外ならざる可し實際に果して斯る掛念あるや否やは兔も角もとして法律に定めたる奬勵金の割合を見るに
總噸數一千噸にして一時閒十海里の最強速力を有する船舶に對し總噸數一噸航海里數一千海里に付き廿五錢を支給し總噸數五百噸を增す毎に其百分の十、最強速力一時閒一海里を增す毎に其百分の二十を增強す但し總噸數は六千五百噸以上又は最強速力一時閒十八海里以上の船舶に對しては總噸數六千噸又は最強速力一時閒十七海里の船舶に對する割合に依り支給す
とあり總噸數一千噸にして一時閒十海里の速力を有するものに對し噸數一噸、航海一千里に付き二十五錢を支給するは當を得たるものなれど船舶の總噸數の增すは〓〓奬勵金の割合を高めたるは如何なる理由なるや〓〓〓の實施に〓て奬勵の金額多きに過るの掛念は畢竟この割增法の宜しきを得ざるが爲めに外ならず本來奬勵金の割合を定むるには船舶の大小速力の過速に據ること勿論なれども船の大さを速力に伴はしむるの一事は一般に認められたる定義にして此目的よりするときは奬勵金の割合は總噸數の增加に增さずして速力の增加に增すの計算こそ至當なる可し今その道に明なる人が右の方式に由て算したる計算あり左の如し
{ 總噸數一千噸以上 速力十海里以上
一噸航海千海里に付 金二十五錢
{ 總噸數二千噸以上 速力十二海里以上
一噸航海千海里に付 金三十五錢
{ 總噸數三千五百噸以上 速力十五海里以上
一噸航海千海里に付 金六十五錢
現行法の割合を右の計算に比較するに例へば總噸數六千噸速力十二海里の汽船の場合に於ては六十錢と三十五錢との相違を生じ又この汽船にて一個年五萬海里の航海(凡そ歐洲航海二回の里數)を爲すものとして其奬勵金の割合を對算するときは一方は十八萬圓にして一方は十萬五千圓に過ぎず相違の大なるを見る可し左れば奬勵金の支出にして實際多きに過るの掛念あらんには畢竟現行法に右等の缺典あるが爲めにこそあれば先づ其法律より改正して至當の割合を定むること肝要なる可し法文の缺漏は其儘に付し彼の造船規程などを以て全く奬勵の精神を抹殺し去るが如きは恰も客を招て膳を供しながら後より其手を掣て膳に近づかしめざるに異ならず無益の惡洒落のみならず我航海の前途を如何す可きや其他尚ほ改正の個條はあらんなれども本來奬勵法の如きは一時の便宜法にして永久に確定す可きものに非ず試驗の上、實際の成蹟と時の事情如何に由ては繼續もしくは改正の必要あることなれば豫め施行期限を定めざる可らず若しも期限を豫定せずして突然止むることもあらんには法律の保護を目的として營業の計畫に從事したるものは非常の迷惑を蒙るは無論、又何時廢止を見るやも知る可らざるの掛念あるときは營業者に於ても自から躊躇を免れざる可きが故に旁々以て十年もしくは十五年の期限を豫定するは實際の必要と云ふ可し兔に角に我輩は現行法を根底より改正すると同時に造船規程にも大に修正を加へて眞實航海奬勵の目的を達せんと切望するものなり