「罪囚の赦免/窮民の救恤」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「罪囚の赦免/窮民の救恤」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

罪囚の赦免/窮民の救恤

罪囚の赦免

大葬に付き罪囚の大赦減等の議はいよいよ決して差當り赦免の典に預るものを凡そ一萬人餘もある可しと云ふ大赦七萬の罪囚中一萬人の解放とは非常の特典にして獄窓の暗黑裡に呻吟して前途覺束なく生活したるものが一朝思掛なく自由の身と爲ることなれば當人等の喜は想像の限りに非ず恩典の難有さに感泣して自から改過遷善の實を呈することならん畢竟大赦の精神も之に外ならざれども社會の下流には無知無識の愚蒙輩少なからず現に新聞紙を見れば昨今國喪の期に際して國民一般只管謹愼中にも拘はらず或は物を盜み人を傷け甚だしきは酢〓所生を殺すの惡感さへなきに非ず今度赦免の罪囚は何れも罪を犯したるものにして無知輩に相違なければ解放後萬一の心得違なきを期す可らず或は非常の恩典に感じて眞實心の底より改悟するも其輩が遽に社會に出でて相應の生業に就くは實際甚だ難儀にして多數の中には生活の必要より止むを得ず再び罪に陷るものなしとも云ふ可らず何れにしても罪は即ち罪にして一般社會の迷惑は此上ある可らず固より恕す可らずと雖も斯くては折角の大赦も其效を少なくして本來の精神に背くことなれば何とか始末して特典を空うせざるの工風なかる可らず我輩は其工風に就て殆んど説なしと雖も其事を要請したる當局者に於ては自から責任の地位に在ることなればいよいよ其始末を考へて實際には大赦の精神を無にせざらんこと敢て希望に堪へざるなり

窮民の救恤

大赦の特典既に罪囚に及んで終身暗黑裡の生活を覺悟したる輩が再び天日を見るの期に逢ふ非常の恩惠と云ふ可し況して普通の窮民にしても恰も無告に苦しむものゝ如き自から救恤の澤に浴することならん此事に就ては我輩の曾て述べたる如く此際に慈善の擧を行はるゝこと肝要なる可し慈善の擧には一般の窮民を救恤すると永久に慈惠的事業の基礎を立つるとの二種ありて何れも差支えなけれども一般の救恤は其範圍甚だ廣くして實際に行渡らしむること容易ならず寧ろ永久に恩惠を遺すの事業こそ適當ならんかなれども是れは差當り急ぐ可き事柄に非ず眼前に憐れむ可きは今回の停止に藝業を休み謹愼を表したる藝人社會一流の身の上にして彼等の中には實際の窮民多きを占めて十數日閒の休業に衣服も具し離し米も食ひ盡し眞實飢寒に逼まりて茫然たるものありと云ふ我輩の救恤を希望したる所以なり或は救恤の手段に就き一個の藝人として鑑札を所有するものは其數も明白なれども附屬の輩に至りては容易に知る可らず取調に困難なりと云はんなれども彼等の仲閒には自から團體ありて夫れ夫れ連絡もあることなれば其諸々に向て取調べたらば之を知るに難かざらる可し既に府下の藝人の如きは困難を訴へて藝業税の免除を出願したれども法規に明文なしとて却けられたりと云ふ目下の窮状察す可し若しも救恤の沙汰延引に於ては彼等を育ましむるの結果、或は自然に罪人を生ずる者なしとも云ふ可らず決して停止の本意に非ざる可ければ實行の一日も早からんことを希望するものなり