「廢税の决斷如何」
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本文
廢税の决斷如何
現政府の財政方針は積極を主とするか消極を旨とするか更らに解す可らず當局者の言に據
れば自から抱負なきに非ざれども就任、日尚ほ淺きが故に前内閣の計畫を其儘襲ぎたるに
過ぎずと云ふ責任者の申譯とは見る可らざるに似たり政府の組織は尚ほ新にして就任の日
淺きには相違なきも今の當局者は年來政府の事に當りて都内の事情を知るの點に於ては决
して他人と見る可らず云々の成行、云々の始末、一々明白なる可き筈なれば苟も自家の抱
負あらんには即刻實施に難からず自から取て代りながら今更ら遠慮の必要はなかる可し我
輩の解せざる所なれども兎に角に今の財政の有樣を見れば國勢の膨脹、國事の多端に隨ひ
歳出の增加は自然の勢にして税源の乏しきを感ぜざるを得ず或は償金繰入、公債募集等に
由て一時の急に應ずるの手段はあらんなれども詰り遣繰算談に過ぎずして結局、税源を求
めて歳入增加の决斷に出でざる可らざるは勢の睹易き所なり眞實國家を思ふの政治家なら
んには何人も考へ到らざるものはある可らず若しも區々たる情實に掛念して斷ずるを得ず
單に在來の計畫を踏襲して眼前の安を偸むが如きは假令ひ自から抱負ありなどと聲言する
も實際には無能無力の凡庸輩として我輩の輕んずる所なり歳入增加の方法に就ては我輩の
持論として毎度述べたる清酒税の增額こそ差當り斷行す可きものにして容易の决斷なれど
も今の人民の負擔を見れば尚ほ充分に增税の餘裕あるにも拘はらず實際に無用の税目甚だ
多くして徒に細民を苦しむるもの少なからず此際に當り一方には大に歳入增加の决斷を斷
じながら其一方には廢税を斷行して細民を喜ばしむ政治家の處置として最も妙を得たるも
のなるに前後の當局者が未だ此點に着眼せざるは何故ぞや廢税の一段に至りては彼の所得
税の如き實際細民に課するものに非ざれども本來日本の習慣に反するものにして徴収手數
の煩雜なるにも拘はらず其収額は僅ばかりの高にして如何樣に手を盡すも今後大に增加の
望はある可らず須らく全廢す可きものなりとして扨地方税を見るに啻に税目の繁多のみな
らず其種類の多くは細民の勞役に課するものにして苟も商工の名を付す可きものは大工左
官小賣行商の類を始めとして雜種税と稱するものゝ中には理髪人、遊藝稼人、相撲、役者、
藝娼妓、人力車夫、船頭、藻採の類に至るまであらゆる勞役者を網羅して遺すことなし課
税の割合は各地方に異にして自から一ならざれども其日稼の勞役者に課して細民を苦しむ
るは何れの地方も同一なり殊に昨年來地方の營業税を國庫の収入に移したるに就ては地方
税の賦課法は自から重きを加へて船車の如きは國税の負擔を免かれたると同時に更らに地
方税を重くせらるゝことならん地方の經濟を維持するには自から經費の出處なきを得ずと
雖も日傭稼の勞役者に課するのみならず恰も瞽女座頭に等しき輩までも〓〓を免かれしめ
ずと云ふ細民を苦しむるの事實は明白〓ふ可らざる所なり今の日本國にして眞實〓〓なら
んには細民の負擔も致方なけれども一方を見れば充分に〓〓可きの税源ありながら之をと
らずして單に勞役者を苦しむるとは何事ぞや左れば我輩の所見を以てすれば今の地方税の
中にて苟も細民の勞役に課するものは勿論或は相撲俳優藝娼妓の税の如きは雇主もしくは
興行人に課することゝして一切勞役の課税を免除し又現に地方税の負擔なる監獄費の如き
勿論國庫の支辨として之が爲めに生ずる地方經濟の不足は中央政府より補助すること至當
なる可し是種の税目並に其割合は地方に由りおのおの異にして精密の計算は容易に知る可
らずと雖も各府縣を通算して格別の額に非ざるは明白なれば苟も歳入增加の大决斷を斷ず
るときは其一部を割て之を償ふに充分なる可し今の細民輩が兎角政府を信ぜずして封建時
代に戀々たるは單に愚痴の情のみならず彼等の實際に負擔の繁雜にして堪へ難きものある
が爲めにこそあれば今その税目を全廢して負擔の煩を免かれしむるときは彼等の喜びは非
常のものにして恰も其德に感じ政府の人望は自から一般に遍くして假令ひ反對の政客輩が
民心を利用せんとするも其術を得ざるに至る可し政治家たるものゝ着目す可き所ならずや
若しも今の政府にして行はざるごときは今後の當局者には必ず行ふものある可し然かも之
を行ふの政府は一般の歡心を得て大に人望を博す可しと云ふ單に一身の利害よりするも甚
だ妙なり况んや國家の爲めには永遠の長計なるに於てをや當局者の大に考ふ可き所なり