「海軍の經理法」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「海軍の經理法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

今回の海軍擴張は第一期第二期を通じ今後九個年間に完成の計畫にして其經費は二億一千餘萬圓の豫算なれども目下四邊の形勢より見れば其計畫は尚ほ未だ不足の感を免かれざるが故に其年期を短縮するは勿論、更らに大に經費を支出して第三期第四期の計畫を必要と認めざるを得ず我輩の敢て主張して國民の同意を望む所にして其目的を達する爲めには増税の負擔も辭す可らずとの覺悟を勸告すると同時に一方には政府の當局者に對して大に望む所のものあり抑も海軍は最も費用を要するものにして經理の一點は世界の國國に於ても最も注意する所なり苟も自國自衛の爲めとあれば其費用は敢て吝しむに足らず只實際に有効有力の軍備を備ふるこそ必要なれども我輩の所謂有効力とは單に規模の大なるのみに非ず其費用に割合はせて相當の實を收めんと欲するのみ國民たるもの既に海軍の必要を認めて之が爲めには増税をも辭せずとの决心ある上は日本現在の國力にては其費用は容易に辨ず可し毫も掛念するに足らざれども國民より支出したる巨万の金を使用して如何なる軍備を備ふ可きやは當局者の責任にして其人人の心掛は甚だ大切なりと云ふ可し計畫の實際に至りては自から當局者の方寸に存して局外より云云するの限りに非ざれども其費用は國民より支出したる國財にして其國財を以て造りたる軍艦兵器は取りも直さず國有の財産にこそあれば其國有財産を取扱ふ當局者の責任は决して輕からず一家の小經濟に於ても其〓〓容易ならず况んや巨萬の金を使用する海軍の經理法に至りては其當否如何は非常の影響なきを得ず擴張の爲めの費用は敢て辭せざる所なれども實際に備へ得たる軍備は其費用に割合はせて果して相當の者なりや否や即ち軍備の實際は其規模に割合せて果して有効有力のものなりや否やの點は國民の最も關心する所にして當局者の責任輕からざる所以なり前年海軍部内不整理の噂、世間に喧しく議會なども頻りに喋喋して政府にても改革委員を設けて整理に着手したることあり實際の事情如何は知らざれども兎に角に改革の必要なりしを見れば多少不整理の事實はありしものと認めざるを得ず今日に至りては改革の事もあり又實際に會計法の規定もありて所謂不整理の事實は跡を絶ちたることならん敢て疑はざる所なれども我輩の聞く所に據れば今の整理法は年來不整理の反動として寧ろ窮屈に失し實際に不通の事も往往少なからずと云ふ果して然るや否や國財の濫費は斷じて許す可らずと雖も徒に事を苛細にして費す可き處に費さず俗に云ふ一文吝しみに陷るときは何事も擧らずして有効有力の實を收む可らず何れにしても當を得たるの處置とは云ふ可らず例へば士官の學問研究は最も大切なるに其研究の費用を出すこと甚だ吝にしてブラツセー年間一册さへも各軍艦に備ふること能はざるが如き事實はなきや、海軍人の生活費は陸軍人に比して自から多きの事情あるにも拘はらず其食料費の割合の如き陸軍よりも少なくして止むを得ず自費を以て辨ずるの塲合などはあらざるか又〓〓少しく異なれども日清戰爭中に全國の人民が義勇奉公の誠意より軍資又は恤兵の名を以て醵出したる義金の如き果して其目的通りに使用せられて一般の志を空うせざりしや否や何れも些細に似たれども些細の點は飽くまでも細密にして恰も一文吝しみの擧動に類しながら軍艦兵器の製造注文軍港船渠の建築修繕等の如き巨額の費用を要する事■(てへん+「丙」)に付き一點の不注意もあらんには非常の損失にして所謂百知らずの愚を演ずるものと云ふ可し世人が海軍の不整理を云云したるは其濫費を警しめたるのみ今日擴張の塲合に際して苟も必要の費用とあれば之を吝しむものはある可らず國民の快よく承知する所なれども其國財を費して實際に有効有力の實を擧げ費用に割合はせて相當の軍備を備ふるは當局者の國民に對する義務なりとして大に注意す可き所なり