「外交機密費」
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時事新報に掲載された「外交機密費」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外交機密費
戰〓經費の膨脹は何人も〓にする所なれども戰〓の膨脹は單に經濟のみならず國勢全體の
膨脹にして事實の實際に見る可きもの多き中にも外交の一事の如き著しきものと云ふ可し
一言以て其有樣を説明すれば詰り戰〓の結果として小國が大國と爲りたるものにして大國
の交際は素より小國の舊に同じからず外交機關の擴張は自然の數にして隨て費用の支出も
多からざるを得ず苟も國勢の如何に注目するものならんには一點の疑もなき筈なり抑も公
使館の新設費又は領事館の增置費如き何れも外交の擴張に伴ふの費用にして外務省の經費
に屬するものなれども是れは公然の經費にして更らに聞く可らず言ふ可らざるの費用なき
を得ず所謂機密費なるものにして是れ又外交の擴張と共に增加せざるを得ず分り切たる事
柄なるに然るに今回衆議院豫算委員會の査定に據れば外務省の所管に付き在外公館の經費
は粗ぼ原案に决しながら機密費に至りては八萬圓の中より二萬圓を減じたり如何なる理由
なるや外務の機密費は從來六萬圓のものを政府の豫算に僅に二萬圓を增して八萬圓と爲し
たるさへ我輩の感服せざる所にして戰後の國勢より見れば六を八に增したるのみにて果し
て實際の必要に應ずることを得べきや否や甚だ覺束なく思ふ所なれども當局者自身の發案
にして自から見込もあることならん局外より入らざるお世話は無益なれども豫算會にて其
八萬圓さへも減じたるは如何なる心得ぞや軍備の計畫と云ひ各種の事業と云ひ政府の發案
に賛成して實際に財政の膨脹を致したるは戰後の經營云々の事實を認めたるが爲めに外な
らず議員の輩が衆口一樣に同意を唱へたる其口にて單に外交の機密費に削減を加へたるは
到底本氣の沙汰とは見る可らずして只人に對する感情の一點に過ぎざる可し即ち其輩の心
事を尋ぬれば今の外務の當局者は大隈なり大隈なるが故に減じたりと云ふの外に理由はな
きことならん大隈に對して不平あらんには當人の一身に向て攻撃を逞うす可し敢て怪しむ
に足らずと雖も外交は日本の外交にして大隈の外交に非ず日本の帝國議會が日本の外交費
を議するに當局者に對する感情の一點よりして漫に削減を試みんとするは抑も如何なる考
なるや或は全く外交の現状をも解せざる輩が斯る無知の説を爲すとあれば只憐む可きのみ
なれども戰後の諸計畫は勿論、現に外交費の中にても在外公館の經費の如きは粗ぼ原案を
認めながら單に機密費を減ずるは其心事の所在自から明白にして感情の爲めに國事を弄ぶ
ものと云はるゝも辯解の辭はある可らず外交家として當局者の無能を認めたらんには正面
より攻撃して職を去らしむるも可なり又當人の平素に橫風贅澤の氣風を快からずとならば
一身に就て其擧動を非難するも差支なしと雖も事、茲(玄+玄)に出でず實際に外交擴張
の實をば認めながら其機關の運轉に必要なる機密費に削減を加へ大切なる國事を自家の感
情の犠牲に供して自から喜ぶが如き恰も他の片脚を失はしめんと企つるものと一般、如何
にも卑劣の擧動にして我輩の飽く迄も擯斥する所なり査定案は單に委員會の議决にして衆
院の本會に於て果して之を容るゝや否やは知る可らず思ふに議塲の多數には自から正當の
意見あることならんと雖も萬一このまゝに通過して感情一〓の爲めに外交の自由を得せし
めざることもあらんには議會の信用は全く地を掃ひ世間の識者は勿論、一般の國民も等し
く議員を小兒視して毫も重きを置かざるに至る可し我輩の斷じて取らざる所なり