「人材登用」
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時事新報に掲載された「人材登用」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
人材登用
政府にては議會の閉會後を期し大に門戸を開て人材を登用するの議ありと云ふ從來の有樣
を見るに政府は官吏任用の規則を窮屈にし官職を一部の輩に私して有爲の人物を排斥した
るの結果、恰も部内に籠城して孤立無援の姿を成しますます人望を失ひたるは自業自得と
云はざるを得ず國會開設以來は議塲に多數を制するの必要を感じて彼の政黨の操縱など議
會の開會ごとに頻りに魂膽に忙しきは畢竟他の聲援を假りて自から衛らんとするが爲めな
れども彼等の向背は常に一ならずして一時の彌縫策に過ぎず内に自から頼む所のものなき
に於ては政府の勢力は次第に衰弱しますます孤立の姿に陥りてますます他の侮を招き遂に
は政黨の輩に死命を制せらるゝに至る可し自然の勢のみか現に目下の實際にこそあれば當
局者に於て苟も政府の本分を守り其威嚴を維持せんとするには何は兎もあれ有爲の人物を
内に入れて政權を張ること必要なる可し人材の登用甚だ可なり我輩の大に賛成する所なれ
ども實際に果して目的を達す可きや否やの掛念は年來政府の紀綱振はずして威嚴の立たざ
るが爲めに苟も心あるものは官吏たるを欲せざるの一事なり我輩の毎度述べたる如く當局
者の輩が多年來虚榮空威張りを旨として獨り自から得意を恣にし恰も社會一般の人を辱か
しめたる其結果として苟も獨立高尚の士人は其傍にさへ近づくことを屑しとせず其これに
近いて恰も媚を呈するものは本來氣骨なき軟弱輩か若しくは何か爲めにせんとする射利漢
の種類のみにして眞實、心を寄せて進退を共にせんとするものはある可らず斯る次第にし
て政府の威嚴は果して如何と云ふに議會開設後の有樣を見れば從來虚榮空威張りを專にし
て恰も一般人民を踏付にしたる其當局者が平生土百姓視したる地方議員の輩に眼前に辱か
しめられながら返り辭もなく只閉口するのみか却て其御機嫌取りに注意するが如き何等の
醜態ぞや上官の擧動にして既に斯くの如くなれば屬僚の輩に至りては哀れ至極の有樣にし
て只他の鼻息を仰ぐの外なきのみ殊に地方官の如きは人民に直接するが爲めに其苦痛は一
層甚だしく本職の政務は第二にして只管人氣を損せざるの一方にのみ心を用ふる其苦しさ
加減は外より見るも氣の毒に堪へず浄瑠璃の辭にすまじきものは宮仕へ云々とは恰も今の
官吏の實情を語りたるものと云ふ可し左れば政府の施設も目的は只人氣に投ずるの一點に
して例へば軍備の擴張の如き又今回の金貨本位の如き一般の氣受よき問題とあれば頗る大
難らしき擧動も演ずれども苟も自家の所見を固執して斷行するの勇氣は到底見る可らず畢
竟政府の威嚴立たざるが爲めにして其威嚴の立たざるは年來の空威張りに天下の人心を失
ひ盡して何事も意の如くならざるが爲めに外ならず今の儘にして有爲の人物を入れんとす
苟も獨立の考あるものならんには政府の門に入らざるも自から生活の〓に乏しからず今の
社會を通覽すれば自〓の力を〓〓〓可きの地位自から〓々なり何を苦しんで當局者の相〓
して自から〓しめらるゝを好むものあらんや大に門を開て人を入るゝ其人物は何れ現在の
俗物輩と何樣ぐらゐのものか或は其以下のものにして只門内の雜沓と共に種々の愚痴不平
を惹起すに過ぎざる可きのみ左れば當局者にして眞實人物の佛底を感じて有爲の人材を得
んとするの覺悟ならんには先づ自から自家の擧動より改めて政府の威嚴を立つることに勉
む可し然らざれば折角の人材登用も實際にはやくざ物の背負込みに終りてますます威嚴を
下落せしめんこと我輩の慥に斷言する所なり