「政黨の主義」
このページについて
時事新報に掲載された「政黨の主義」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政黨の主義
今の政黨には主義の認む可きものなし主義なきの政黨は永續す可らず分り切たる成行にし
て彼等は最初藩閥攻撃の目的を以て起り其目的の爲めに運動して多少は觀る可きものなき
に非ざりしかども本來無主義たゞ人に黨する其人物は矢張り藩閥政府に縁故のものに外な
らず左れば其人物が固有の地位を失ふて失意の境遇に在るときは一時の感情自家の方略の
爲めに部下の黨員と運動を共にして政府攻撃に熱心なれども詰り絶つに絶たれぬ縁故の間
抦なれば一旦事情回復して元の古巣に立返れば其黨員も亦相率ゐて政府に味方して藩閥を
辯護せざるを得ず自由黨改進黨より今の進歩黨に至るまで其去就の形跡孰れも同樣にして
近來の成行を見ても純然たる政府黨にして單に當局者の意志に盲從するものあれば多年來
固く契りたる契約を無にして自から離縁するものあるなど畢竟無主義の證據にして斯る政
黨が永續する筈はある可らず蓋し世間の凡俗輩は今の政黨に向て藩閥掃蕩政治改良の一事
を望みたることなれども其望の空なるは今の政府に政黨内閣の實行を望むが如し到底無益
の望みにこそあれ往年西郷隆盛翁が時の政府と意見を殊にし薩摩に退去して暗に反對の氣
色を示しつゝありし折抦世間の人望は非常のものにして西郷にして天下の局に當らば云々
とて大に望を屬したれども西郷果して出でたらば如何なりしやと云ふに矢張り依然たる明
治政府たりしならんのみ今の政黨も藩閥攻撃を云々して一時の人心に投じながら自から得
意の境遇に達すれば忽ち擧動を一變して藩閥の辯護を勉むと云ふ甚だ賴母しからずと云ふ
可し我輩は今の政府に藩閥の實を認めて飽くまでも之を排斥せんとするものに非ず年來部
内の情實は疑ふ可らざる所なれども其情實も年と共に次第に薄らきて特に非難す可きもの
を見ず今日に至り之を云々するが如きは迂闊の極なれども彼の政黨の輩の如く大聲疾呼し
て藩閥云々を叫びながら自から推戴する首領の人物が一旦元の古巣に返れば隨て政府を辯
護するが如き次第にては到底永く人心を繋ぐに足らず無主義の政黨、運命の久しからざる
は我輩の斷言する所なり然らば則ち日本の政黨たるものは如何なる主義を以て自から立つ
可きや三十年來政府の失策は多々なれども大體の方針は進歩の一方にして非常の缺典を認
めず其方針に就ては特に反對の必要なけれども顧みて當局者輩一身の擧動を見れば果して
如何、今の平等社會に必要もなき爵位の制など設けて強ひて人民の階級を區別し獨り自か
ら高きに居て一般人を下視するが如き是れぞ文明社會に許す可らざる擧動にして飽くまで
も反對す可き所に非ずや抑も爵位の制は古代に行はれたる貴族政治の遺物にして本來の性
質既に厭ふ可きものなり西洋の文明國などにて今尚ほ叙爵の沙汰あるは如何なる種類にて
も一技一能に秀でて自から社會に名譽ある人物に對し何か優遇の意を〓せんとて爵を授る
ものにして其状恰も室内の装飾に〓〓物を贈ると一般その區域廣く其意〓無邪氣にして〓
〓〓〓の如きも之を得ること多く决して政治上一偏の策略に出るに非ず然るに我國近來の
爵位沙汰は單に政府部内に限り又政治上に云々の功績ありと認めたるものに限るの例にし
て恰も政府人の專有に異ならず單に部内の事なれば其專有も妨なけれども其輩の淺墓なる
自家に專有の肩書を滿社會に通用せしめて獨り名譽を耀かさんとす當人に於ては愉快なら
んなれども社會一般の人は恰も名譽を剥奪せられたるの不愉快を受けざるを得ず取りも直
さず階級政治の實を今の文明界に再演せんとするの愚にして苟めにも看過す可らざる所な
り苟も文明の思想あらんものは此點よりして彼等に反對せんには名正しく事順にして其主
義甚だ明白なる可し即ち自から平民黨臣民黨もしくは無爵黨の名の下に團結し他を目する
に有爵黨を以てして飽くまでも反對することなり或は今の社會の俗輩には爵位を有難きも
のと心得て崇拜するものもあらん或は心には理の當然を認めながら事を好まずして沈默す
るものもあらん兎に角に世間の耳目に新奇の擧動なれば容易に賛成を得ざるやも知る可ら
ずと雖も自由平等は世界の大勢にして終局の成行自から明白なるが故に次第に勢力を逞ふ
して最後の勝を得るや疑ふ可らず况んや大勢の變動は案外、速にして人意表に出るものあ
るに於てをや今より着眼して目下の紛々たる黨爭の外に立ち吾々は純然たる帝國の臣民な
り爵位虚榮に戀々たる俗輩に對して無爵の平民なりとて根本相違の一新主義を發表して以
て政界に先鞭を著るは眞實主義を愛するものゝ事にして斯くの如くにして始めて鞏固なる
政黨の樹立を見る可きなり