「官行事業」
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時事新報に掲載された「官行事業」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
官行事業
農商務省の所轄なる地方の林區署にては官行事業と稱して官の手にて自から官林を採伐し
木材に製して自から賣捌くことあり如何なる理由にて斯る官業を始めたるやと云ふに青森
秋田等の地方にて山林の伐木營業には自から一定の期節あり即ち營業者が官林を拂受けて
其木を伐る塲所は何れ人里遠き山奥にして山又山、谷又谷自から運搬の便利を缺くが故に
冬季積雪の間に採伐して之を水源の地に積み置き陽春、雪融けて谷川の水溢るゝ時を期し
其木材を川に流して自然に下流に達せしめ以て運搬の勞を省くの常にして概して冬より春
に掛けての仕事なりと云ふ然るに林區署に於て前年自から手を下して官行事業を始めたる
其趣意は民間の伐木業は右の如く或る季節間の仕事にして伐木に従事する工夫は年の過半
を空しく費さゞるを得ず左れば夏季の間に官行事業を行ふて自から伐木の業を營み右の工
夫等に業を授ると同時に又一方に於ては從來の林木賣渡法は尺締何本の見通を以て入札せ
しめ落札人は廣き林中に就き目的の立木を撰抜きて採伐することにして自から監視官吏の
目も行届き兼ぬる其間には無智の工夫輩などが時としては他の目を偸みて盗伐を行ふの弊
なきに非ず官行事業は自から其弊を減ずるの益もある可しとて自から採伐を行ひ自から賣
捌くの工風に出でたるものゝよしにて當時は自から斯る事情もなきに非ざりしかども扨爾
來の成行を見るに近年は各地方共に諸種の事業忙しくして人民の無職に苦しむもの少なく
官業を難有く思はざるのみか本來官行の伐木は夏季の間に行ふて貧民に業を授ると共に他
の妨を爲さゞるの精神にて始めたることなれども伐木は夏の間に終りても運搬の一段とな
れば人力を以て山又谷を運び出すは容易の事に非ず或は強ひて人夫を役して運搬すること
あれども其仕事は次第に延引して遂に人民營業の季節に及ぶは實際に免かれざるが故に其
季節に至れば左なきだに人手に不足の折柄、官民双方の事業に一時に勞力の需用を告げて
恰も競爭して工夫を取合ひするの姿なきに非ずと云ふ斯る次第なれば官業を始めて人民に
業を授るの目的は目下の實際には全く相違して却て民業を妨ぐるの成行ある其上に盗伐
云々の一方は如何と云ふに從前の如く立木の賣却に尺締何本云々の〓〓を以てして廣き官
林の中に就て採伐せしめたる時には監守の目も行届かずして往々盗伐の擧も行はれたころ
も近年來は賣却法を改めて一定の區域を劃し其區域内の立木を悉く賣却して採伐せしむる
ことゝ爲り〓〓が故に其監督甚だ容易にして時々その區域の境を〓〓して〓外の伐木を〓
むるときは充分に盗伐の患を〓ぐに足る可し實際の手數も少なきに然るに〓行伐木の塲合
を如何と云ふに本來林區署の吏員は山林監督を目的として自から定員の限りある其處に自
から商賣營業〓〓〓た〓ことなれば其繁忙一方ならず監守の巡邏等自から怠り勝なる其隙
に乘じて往々盗伐の〓〓〓〓は〓〓の〓〓にして其〓〓〓〓〓〓よりも甚だしきものあ〓
〓〓〓〓〓は官行事業の〓〓は最初の目的に相違して〓〓〓效能もなきのみか即今の實際
を見れば木材の價は非常に騰貴しながら需用はますます多き有樣なれば立木の儘に賣拂ふ
も利益は自から少なからず官林處理の當を得たるものなるに然るに自から手を下して時な
らぬ時に採伐を行ひ運搬等に無益の費用を掛けて自から販賣を試みるの必要は何れに在る
や成は其營業の爲めに金錢の出納などには法律上に無理の窮策も免かれざるよしなれども
其邊の事は兎も角もとして徒に人民と競爭して民業を妨ぐつの實は掩ふ可らず餘計の仕事
にこそあれ衆議院にては今度農商務省所管の豫算中、林區署官吏の旅費及び林産處理費の
二項に削減を加へたれども右は三十年度には陸軍遞信兩省の建築事業に木材を供給する計
畫にて經費の增額を見込み置きたる費額を削られたるものにして官行事業は依然權續の積
りなりと云ふ政府の事業に利益の収入は到底望む可らず况んや其収益は兎も角も最初の目
的は既に相違して殘る所は只民業と競爭の一事のみなりと云ふ我輩は事業廢止の得策たる
を勸告するものなり