「日土交際」
このページについて
時事新報に掲載された「日土交際」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日土交際
土耳其帝國と交際を開く可しとは我輩の曾て記したる所にして昨今聞く所に據れば當局者
も同樣の意見を抱き既に其事に着手したりと云ふ日本は未だ世界外交の舞臺に上る能はず
アルメニヤ事件が破裂するもクリート問題が起るも只傍觀するのみにして其間に喙を容
るゝ能はざるは國勢の未だ發達せざるが爲めにして此類の問題に發言權を得るまでには尚
ほ幾多の歳月を要す可しと雖も戰爭の結果として我も亦一強國として計へられ貿易も次第
に發達して歐米の航海をも開始したるほどなれば外交に於ても獨り東洋に孤立す可らず特
に外交問題は相關聯するの常にして土耳其問題が急なれば支那問題は自から緩なる可し今
日クリート事件が大破裂に至らずして止む可しと云ふは東亞に關係の強國が此方面の經營
に忙はしきが爲めにして一方の多事は他の一方の平和を意味するなり左れば日本が極東の
問題を始末するにも歐洲の外交に仲間入すること頗る肝要にして其仲間に入るには先づ土
耳其に向て交際を開かざる可らず盖し貿易上に於ては之が爲めに利する所大ならざる可し
腐敗を以て有名なる國にして住民の數は少なからずと雖も産業甚だ振はざればなり其貿易
表を見るに輸入は一億圓餘にして輸出は一億三千餘萬圓に過ぎず内、日本より西洋人の手
を經て輸入するもの僅に卅萬圓なれども聞く所に據れば土人は大に日本品を珍重するよし
なれば直接に貿易を初めなば輸出も追々增加す可きのみならず日本人の目を以て觀察すれ
ば土耳其の産物中我に輸入す可きものも少なからざることならん假令ひ一歩を讓りて商賣
上に於ては格別の望なしとするも政治上に於ては此國ほど面白き所はある可らず歐洲治亂
の機は常に此帝國の内に起伏して寸時も靜止することなし一波瀾収まれば更に第二の紛議
を生じ外交家をして安眠を得せしめず其政略の方針は或は倫敦に於て决せられ或はピータ
ースポルクに於て定めらる可しと雖も其之を實地に演するは即ちコンスタンチノーブルに
して土都は恰も外交術の展覧會と云ふも可なり若しも日本にして其仲間に入り共に舞ひ倶
に躍らば興味甚だ深かる可し或は俄に其仲間に入ること能はずとせんか傍より他の芝居を
見物するのみにても得る所少なからざる可し一の公使を派遣するは造作もなきことにして
爲めに少々にても外交上利する所あれば甚だ幸なり只條約を締結するに當り我は固より歐
米の諸強國と同等の地位に立たざる可らず支那に於ては既に最惠國の待遇を受くることゝ
爲りし次第なれば土耳其に於ても亦然らざるを得ず是れは勿論の事として速に一新締盟國
を增さんこと我輩の切に望む所なり