「世界に於ける金の産出」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「世界に於ける金の産出」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

世界に於ける金の産出

 左の一篇は西洋最近の著書並に雜誌より譯出したるものなり昨今金銀論の喧しき折柄、

掲載して參考に供す

千八百八十五年南亞非利加にてウイツトウオータースランド金鑛の發見ありしより世界に

於ける金の産出は著しき變動を受けたり其以前、世界に於て産出したる金の數量は幾何な

りしやと云ふに千八百三十一年乃至千八百四十年の十年間は毎年平均六十五萬二千二百九

十一オンス千八百四十一年乃至千八百五十年の十年間は毎年平均百七十六萬五百二オンス

なりしが千八百五十一年乃至千八百五十五年の五年間にはカリフオルニア並に濠洲金鑛の

採掘盛大に至りし爲めに毎年平均六百四十一萬三百二十四オンスに增加し千八百五十六年

乃至千八百六十年の五年間には更らに增加して毎年平均六百四十八萬六千二百六十二オン

スの多きに達せり斯く右の年間に金の産出が頻りに增加したるにも拘はらず千八百六十年

以後は其産出額年を逐ふて減少したるより著名の學者輩は此點に就て大に憂慮し其將來に

就て研究する所ありたる中にも墺地利の地質學者スエス博士の如きは「金の將來」と題す

る書を著して世界の金鑛の産出額は漸次に減少して到底一般の需要に應ずるに足らざる旨

を斷言し金の供給の不足なるを理由として世界の各國が擧て金貨本位制を採用するの議に

反對せり然るにスエス博士の豫言〓全く相違して千八百八十五年以後その産出は減少せざ

るのみならず却て年々增加の傾向を呈し殊に南亞非利加に於ては採掘地層の進むに從て金

の産出いよいよ增加するの景况なりと云ふ最近數年間に於ける産出の數量を示せば左の如

    年        オンス     年        オンス

 一八八六  五一二七、七五〇   一八八七  五一一六、八六五

 一八八八  五三三〇、七八〇   一八八九  五九七三、七八〇

 一八九〇  五四七九、三二〇   一八九一  六三二〇、一九五

 一八九二  七〇七七、一六五   一八九三  七五二三、三七七

 一八九四  八七三七、七八八   一八九五 一〇〇三八、一二一

斯の如く世界中の金の産出がスエス博士の豫言に反して年々增加するに至りし原因は種々

あらんなれども特に重要なるはウイツトウオータースランド金鑛の發見にして千八百八十

七年採掘に着手以來年々産額の多量なるは左表に徴して明なり

    年            オンス

 一八八七        二三、一二五

 一八八八       二〇八、一二一

 一八八九       三八一、七五八

 一八九〇       四九四、八六九

 一八九一       七二九、二三八

 一八九二      一二一〇、八六八

 一八九三      一四七八、四七三

 一八九四      一九四九、九三九

 一八九五(八月迄) 一五一六、六三三

左れば近年世界に於て金産出の增加したる主因は南亞非利加の新金鑛に在るや明なり或は

此景况が將來永續すべきや否やは各國政府の大に關心する所にして殊に獨逸政府の如きは

兩三年前にシユマイセル氏を同地に派遣して實地を調査せしめたるに同氏は南亞非利加の

金鑛は殆んど無盡藏にして到底全般の調査を遂る能はずとて其一部なるラングラーグラ山

並にグレンケイルン山に就て將來幾何の産額ある可きやを測量したる末、六千二百五十四

萬八千オンスの産出は容易なる可しとの結果を得たり而して氏の説に據れば南亞非利加の

金鑛は千九百十九年に至る迄は决して其採掘量を減ずることなかる可しと云へり又近刊の

倫敦經濟雜誌も同地の金鑛に就て豫想を下し今後採掘層五千呎に達するも總産出額七德磅

に上るべしと云へり要するにシユマイセル氏並に經濟雜誌の推定は全金鑛の一部に就て爲

したるものなれども其産出の餘多なるを示すこと右の如くなれば南亞非利加の金鑛が將來

金供給の要源たる可きは疑を容れざる所なり

然れども近年金産出の增加を促したるは單に南亞非利加金鑛の採掘のみに非ず此他輓近化

學機械學等の著しく進歩し交通機關の大に改良せられたる等いづれも産出增加の原因たら

ざるはなし北米合衆國濠洲露西亞印度諸國に於て其産出の增加したるは是等の原因に由る

ものなりと云ふ

合衆國に於ける金の産出は千八百八十七年以來殆んど一定して常に百五十九萬六千三百七

十五オンス(三千三百萬弗)内外なりしに千八百九十三年に至りて百七十三萬九千三百七

十五オンス(三千六百萬弗)に增加し千八百九十四年には價額に於て七百萬弗を增加せり

同國造幣局長の意見に據れば南亞非利加の金の産出今日の如く盛大なるに於ては合衆國が

將來金産國として優等の位置を占め得べきや否やは甚だ疑はしき所なれども合衆國の金産

額は向後决して減少するの患なきは勿論新金鑛は諸州に發見せられ種々の新採掘法は舊來

の諸鑛山に適用せられてますます産出を增加すること必然なりと云へり

濠洲に於ても金の産出は年々增加して千八百九十二年には産額五萬千三百九十八キログラ

ム(三千四百十五萬八千九百六十六弗)なりしものが千八百九十三年には五萬三千六百九

十八キログラム(三千五百六十八萬八千六百二十弗)に增加したり若しも近頃西部濠洲に

發見せられたるクールガルヂー金鑛にして採掘の法、宜しきを得ば其産出は將來决して減

少する事なかる可し又露國並に印度に於ても千八百八十六年以來金の産出は年々增加して

殆んど底止する所なしと云ふ

要するに金の産出が現今の如く增加したるは從來未だ曾て見ざる所にして往年カリフオル

ニア及び濠洲の金鑛發見に次で其産出の著しく增加するやシエヴアリエー其他二三の經濟

學者は頻りに政府をして金價の低落を豫防せしむべき旨を論じたるが今や金の産出額は一

層增加して將來ますます盛ならんとす金の供給餘多なるの一點に就ては最早や疑を挾む可

らず云々