「金論の内幕」
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時事新報に掲載された「金論の内幕」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
金論の内幕
政府提出の金貨法案は非常の景氣にて衆議院を通過したり貴族院も多分同樣の次第ならん
金銀の説は双方共に利もあれば害もあり金論决して感服す可らず銀論敢て排斥す可らず國
家百年の利害を考ふれば其取捨甚だ容易ならざるに然るに世間に金論の聲甚だ高くして所
謂實業家と稱する輩などが熱心に賛成を唱ふるは何ぞや或は其所論を聞けば天下國家の爲
めなど自から理由あるが如しと雖も是は單に表面の口實にして内實に立入りて事情を詮索
すれば全く銘々自身の利益の爲めに過ぎず事實明白疑ふ可らざる所なり昨年の末、東京に
て或る商人の失敗より市塲に小恐惶を來して一般の影響少なからず株式の如きは次第に下
落の一方にして市塲の景氣甚だ妙ならず此上、五六圓の瓦落もあらんには到底持怺えずし
て身代を投出す者も多かりしならん若しも然るときは其影響は單に株式賣買の商人のみに
非ず其株式を抵當に金を貸出したる小銀行の如き續々破産するは免かれざるの成行にして
是種の社會に取ては恰も危機一髪とも云ふ可き其塲合に過般來偶然にも金論の發生に遭ひ
株式の塲面、遽に回復の色を呈して危急を救はれたるこそ有難き次第なれ盖し昨今景氣の
惡しからざるは金論實行の曉には海外の資本續々入り來りて商賣實業繁昌の春を見ること
ならんとの思惑に外ならざる可し如何にも〓〓たる考にして實際に果して然るや否や覺束
なき處なれども兎に角に金論發生の爲めに目然の危急を免かれたるのみならず更らに利し
たるものも多しと云ふ目下の利益の外に考なき是種の商人の情に於て只管金論を有難しと
して之に賛成するも無理ならぬ次第なり現に大阪地方の如き紡績絲を始めとして支那貿易
品の製造地なれば金論に就ては利害の關係一方ならず大に考ふ可き筈なるに格別反對の聲
も聞かざるは一方に株式騰貴の爲め眼前の利に急にして本業の利害に冷淡の事情もなきに
非ずと云ふ彼等の賛成は國家の休戚永遠の得失などには全く無頓着にして單に自家の利益
に外ならざるを知るに足る可し又その火元なる政府の方面に於て金論發生の次第は如何と
云ふに其理由は尤もなるが如く不尤もなるが如く兎に角に一種の説として聞くに足るもの
ありと雖も其内實は單に人氣に投じたる投機類似の窮策に外ならざるが如し歳出の膨脹は
自然の結果として其不足を補ふの方法は租税を增して歳入を多くするの外に工風はある可
らず分り切たることなるに增税は國内の人氣に可ならず政府不人望の本なりとて優柔不斷、
决するを得ずして公債募集の窮手段に出でながら内債は既に之を試みて其結果思はしから
ず况して目下の景况にては到底覺束なかる可し然らば之を外國に募らんか金貨仕拂の約束
を以てすれば目的を達するに難からざれども若しも公然外債の名を付するときは一種の論
者より例の賣國云々の攻撃を免かる可らず是れ又人氣を損するものなりとて爰に〓〓の窮
策を案じ金貨本位など其名を立派にして公債を外國人に賣るの窮路を開き以て〓〓には外
債募集の〓を行はんと欲するのみ世間には我利我利亡者の輩多く、附和雷同して今日の如
き有樣を呈したることなれども其内情を眺むるときは單に世間の人氣に投ぜんとする一種
の投機にして甚だ感服せざる所なり彼の盆暮の節季に所謂際物とて苧殻、瓜、西瓜又はし
め飾り海老、橙の類を鬻ぐ一種の商人あり價も高く品も惡しけれども單に一時の物にして
實用に供するに非ざれば買ふたる人も苦情を唱へず際物師の商賣として一般に認むる所な
るが政府今回の擧動は恰も政治上に際物師の事を行ひたるものと云ふ可し我輩は平素より
政治上に重きを置かず政府の政略、議會の向背、共に一種の際物商賣に過ぎずとして其成
行は孰れにしても甚だ心に關せざるものなれども金銀論の如く國家百年の利害休戚に關係
する大問題を恰も際物として取扱ふに至りては其品物餘り大に過ぎて後來の始末、誠に氣
遣はるゝ次第なり是種の失策は單に現政府の當局者のみならず先年政府が部内の人望を収
むるが爲めに爵位の制を製造して廣く授けたるが如き國の名器を際物同樣に見做したるも
のにして今日に至りて殆んど當惑の有樣は畢竟その物の餘り大に過ぎたるが爲めのみ今度
の幣政改革も其關係は爵位製造の際物に異ならず後の始末を如何にする積りなるや餘處な
がら掛念に堪へざる所なり