「定期航海の特別助成金」
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定期航海の特別助成金
定期航海の特別助成金
外國航海は海國の必要事業にして既に奬勵法の發布あり施行日尚ほ淺くして未だ實効の著
しきものを見ざれども既に其目的を以て發起の會社もありおひおひ船舶も出來するよしな
れば今後次第に航運の隆盛を致すことならん而して我航海の奬勵は右にて充分なりやと云
ふに决して然らず更らに大に保護を要するものあり即ち特定航路の助成これなり特定航路
とは海外必要の諸港と本國との間の定期航海線路にして郵便物は勿論旅客貨物の搭載運搬
に一定の期日を必要とするものは之に依賴せざるを得ず一般の航海とは自から別にして自
から費用を要することなれば西洋諸國などにては是種の線路に對して特別に助成金を與ふ
るもの多し我國に於ても外國との交通貿易に定期航海の必要は勿論にして一般奬勵と特別
助成とは兩々相待て航路擴張の目的を達す可きものなり扨目下我定期航海の有樣は如何と
云ふに郵船會社從來の航路は別として同社に於ては一昨年を以て歐洲線を開き次て又米國
線を開きたり何れも定期航海線として始めたるものなれども素より大事業にして一會社の
私を以て目的を達す可きに非ざれば會社は今回政府に助成の事を請求し政府も之を容れて
助成の契約金額等の案を議會に提出したり或は之に就て既に奬勵法の在る上は特別助成の
必要なしなどの説もあるよしなれども一般奬勵と特別助成とは本來性質を殊にして西洋諸
國の例に於ても自から區別を存することなれば既に定期航海の必要にして止む可らざる以
上は特別助成も亦止むを得ざるものと知る可し抑も郵船會社が歐米の航路を始めたるは會
社一個の發意に外ならず最初より約束あるに非ざれば政府にて之を助けざればとて他に訴
ふる所はある可らず會社の營業上、割に合はずとなれば自から止むるも差支なき次第なれ
ども國家の爲めに謀りて歐米線の定期航海を必要と認むる上からは會社に於て始めたるこ
そ幸なれ之を助けて目的を成さしむること得策なる可し若しも此儘にして折角始めたる外
國航海を中止することもあらんか國内に於ては單に會社の失敗に過ぎざるが如くなれども
外國人の眼に映ずる所は即ち日本國海運の失敗にして國の輕重に關すること少なからず
輕々看過す可きに非ざれば其金額の如きは實際に至當と認むる額を給して兎に角に定期航
海を繼續せしむ可し我輩は眼中、郵船會社を見ず只我海運擴張の一點よりして之を主張す
るのみ
右の次第にして我輩は日本の海運の爲めに特別助成の必要を認むるものにして其目的を達
する以上は如何なる會社に補助するも差支なしと雖も扨實際に差當り外國定期航海の事業
に堪ふるものは郵船會社あるのみにして又現に其事を行ひつゝあることなれば特別助成と
は詰り同會社を助くるものに外ならず是に於てか我輩は會社に對して大に望む所なきを得
ざるなり郵船會社には既に八十八萬圓の補助金ある其上に過般孟〓濠洲〓等の助成金を得、
今又歐米の定期航海に特別の補助を得べしと云ふ一會社にして斯る保護金を受く非常の特
典なりと云ふ可し但し之を受るが爲めには自から負擔す可き義務責任も少なからず敢て其
金を只取にするには非ざれども其金額は國民一般より支出して會社の當局者に委托し以て
海運擴張の目的を達せしめんとするものなれば其事は會社の私に非ずして國家公共の性質
を帶ぶるものなり其責任極めて重大なるに若しも當局者が自から責任の重きを感ぜず一種
の事情より政府の保護を得て營業しつゝありたる從前の心得を以て社務を視ることもあら
んには大なる間違ひにして折角の助成は偶ま偶ま以て會社の情弊を助成するに過ぎざるの
み决して助成の本意に非ざれば會社たるものは此際大に革新を行ふて老朽無能の船舶と共
に老朽無能の社員を淘汰し活溌有爲の新人物を進めて營業の整理敏活を謀り以て一般の希
望を空うせざるの决心なかる可らず會社に果して其决心ありや否や我輩は今後國民と共に
其の擧動を監視して寸時も注意を怠らざるものなり尚ほ其詳細は更に明日の紙上に論ず可
し
希臘果して開戰するや否や
クリート嶋事件の成行は我輩の常に注目を怠らずロイテル電報に據て日々その消息を報道
する所なるが昨日本社に達したる去る十八日倫敦發の特報を見れば希臘の軍隊は皇太子の
率ゐる一軍の外、悉く境界に進軍し雅典邊の説に據れば戰爭は到底免かる可らずと云ひ又
聯合艦隊は既にクリートを封鎖し希臘にして尚ほ固く執る所あるに於てはパイリアス及び
ヴオロの封鎖を行ふ可しと云ふ事體いよいよ切迫して破裂の機、旦夕に在るが如し抑も希
臘が列國の勸告にも拘はらず飽迄も強硬手段に出でてクリートには第二の皇子自から水雷
艇を率ゐて出張し又その境界には續々軍隊を派遣して决戰の覺悟なりと云ふ何か賴む所あ
りて然る者なるや否や土耳古は老朽國なりと云ふも其國力兵力を比較すれば希臘と同日の
談に非ず單に双方の間に戰端を開きて其戰爭永引くこともあらんには勝敗の數は自から知
る可きが如くなれども容易に思ひ止まるの色なきのみかますます進んで遂に血を見ざれば
止まざるが如き擧動は何故ぞや盖し列國政府は外交の關係上よりして互に聯合して希臘を
抑壓せんとするの方針を執るが如くなれども實際その列國人民の感情を窺へば希臘に同情
を表するもの多く既に英國の義勇兵の如きは希臘兵に合するの目的にてクリート嶋に向ひ
たりと云ひ又ヂルク、小グラツドストンの如き著名の政治家を始めとして多數の議員輩は
希臘王に電報して其所置を賞讃したりと云ふが如き自から心強きものあるのみならず其列
國とても實際には銘々利害を殊にして必ずしても同一の目的にて運動するものに非ざるの
事情あるが爲めならん然りと雖も希臘にしていよいよ列國の勸告に從はず飽くまでも進ん
で遂に開戰を見るにも至らんか列國は果して之を傍觀す可きや否や既に本日の電報にも見
ゆる如く希臘が尚ほ固く執る所あらんには聯合艦隊はパイリアス及びヴオロを封鎖す可し
と云ふパイリアスは希臘の首府雅典を距る五哩の海港にして恰も東京の品川もしくは橫濱
に於けるに異ならずヴオロは希臘東北部の要港にして土耳古との境界即ち現に兩國の軍隊
が相對峙するセサリー地方を扼する要害地なり希臘は列國の决心かくの如くなるにも拘は
らず開戰を敢てす可きや否や又いよいよ開戰の塲合に至らば列國は矢張り是迄の如く一致
運動して飽くまでも希臘を鎭壓することに勉む可きや否や列國の運動にして眞實相一致す
る限りは假令ひ開戰を見るも格別の大事に至らず詰り他の干渉に遭て事の結局を告ぐるこ
とならんなれども若しも列國間の一致固からずして開戰の一事の爲めに從來の彌縫手段を
止めにして銘々の利害に由て勝手に去就することもあらんには此事件は單に希臘對土耳古
に止まらずして世界の表面に非常の大波瀾を引起すに至るやも知る可らず我輩は尚ほ世人
と共にますます今後の成行に注意を怠らざるものなり