「米國の關税改正に就て」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「米國の關税改正に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米國の關税改正に就て

米國の關税改正に就て

今回米國の新政府が代議院に提出したる關税法案に就ては未だ詳細の報道に接せざるも此

程或る筋に達したる電報に據れば新税法の目的は絹織物に重税を課し内地の製絹業を保護

するの主旨にて羽二重に重税を課し内治の製絹業を保護するの主旨にて羽二重には品質に

從て七割乃至十割(現行税則にては四割五分)の從價税を課し絹手巾には羽二重に準じ更

に一割の增課をなすの規定なりと云ふ元來保護貿易策はレパブリカン黨の政綱にして殊に

新大統領マツキンレー氏の如き自國の産出品と競爭す可き一切の輸入品に對しては内外賃

銀の差に均しき丈けの關税を課して輸入品の競爭を杜絶し以て内國の産業を保護奬勵す可

しとの意見を有する由なれば就任早々保護關税法案の議會に提出せらる可きは夙に世人の

豫期したる所なれども唯爰に我輩の怪訝に堪へざるは新關税率に於て絹織物の量目の輕き

に從て税率を重くしたるの結果として我邦より輸入する絹織物のみ獨り九割乃至十一割の

課税を被むり佛蘭西其他諸國よりの輸入品は七割以下の課税に止まりて名義は兎に角も實

體に於ては明に區別主義の關税を採用せんとする一事なり此法案は唯議會に提出せられた

るのみにして果して法律となるや否やは今日に於て豫知し難しと雖も若しも不幸にして實

施さるゝこともあらんには我邦の絹織物業には非常の影響を及ぼさゞるを得ず抑も我絹織

物が近時盛に米國に輸出して彼地の製品と競爭するに至りしは全く其價格の低廉にして一

ヤード大低三十仙乃至五十仙に過ぎず從て貧富の別なく一般の需要に適する其上に品質輕

柔美麗にして上流社會装飾贅澤の用に供せらるゝが爲めに外ならず是等の諸點は即ち我絹

織物の特有性とも云ふ可き所にして到底米國製品の及ぶ所に非ず殊に近年銀價下落の爲め

に我邦の産物は米國の如き金貨國に輸出するに著しき便利を得たるを以て絹物も此機運に

乘じていよいよ販路を擴張したるにぞ米國人中には此點に就て憂慮する者を生じ若しも此

儘に經過するときは自國の産業は日本の競爭に壓せられて滅亡の外なければ日本品に重税

を賦課して其輸入を杜絶す可しとの議論は早くも代議院中に起り同院の豫算委員長「デン

グレー」氏の如きは熱心に此説を主張し次で客年十二月パタソンの機業家は日本品排斥の

目的を以て絹織物の輸入税を增加すべき旨を政府に建議したることあり即ち今回の關税法

案は是等の杞憂論に基くものにして我邦の絹織物のみに對して恰も禁止税に均しき重税を

課し其輸入を防遏して以て自國の製絹業を保護せんとの主旨に出でたるや明なり固より課

税するとせざるとは彼れの自由にして敢て他國の容喙す可き所に非ず自から保護貿易策を

以て自國に利益ありと信ずれば之を施すも可なりと雖も等しく締盟邦の中に就き單に日本

の輸入品のみに對し殆んど〓止既に均しき增税を課して其輸入を防遏せんとす〓〓如きは

何事ぞや果して斯くの如き擧動に出でし〓〓に日米の通商上に容易ならざる障碍を及ぼす

の〓〓も〓多年來兩國の間に存したる特別の友誼厚情も一朝にして水泡に歸し去りて交際

上にも甚だ面白からざる成行を見るの恐れなきを得ず從來日米間の貿易が兎角不平均にし

て我より彼に輸出する所多きに拘はらず彼より我に輸入する所少なきは我國人の常に遺憾

に思ひたる所にして何とかして其平均を得せしめんと苦心しつゝあるは彼國人も知る所な

る可し左れば我軍艦の製造に就ても兩國交際上の厚意を以て代價の不廉をも顧みずして特

に彼國に注文したるが如き著しき事實にしてますます彼我の貿易を進捗せしめん事を謀り

石油煙草其他米國特産品の輸入も年々增加し殊に戰後經營の歩を進むると共に軍艦兵器は

勿論鐵道築港造船等の材料に就て米國の供給を仰ぐ可きもの日にますます多々ならんとす

る今日に當りて米國が突然我邦の輸入品を排斥していよいよ我厚意を空うせんとするに於

ては我邦も之に對して自から正當の報復手段を講じ今後米國に軍艦の注文を止めるは勿論

米國品の買入は一切拒絶する等の處置に出づるやも知る可らず此くの如きは彼我の貿易を

奬勵するの道に非ずして萬々好まざる所なれども彼に對して其非を悛めしむる爲めには一

時の權道として自から止むを得ざるなり思ふに米國政府が斯る不當の議案を提出したるは

無識なる絹業家の輩が我輸入品の競爭恐る可きを過信し地方の政治家と結託して種々に運

動したるの結果にして偶ま偶ま衆愚輩の人氣に投じて其勢力甚だ盛なるが如くなるも苟も

普通の智識ある者は此の如き國交際の常理に背き併せて彼我貿易の發達を妨ぐるの議に賛

成せざることならんなれば或は代議院の討議に否决することもある可し若しも然らざるに

於ては我絹織物の輸出は非常の損害を被りて一時或は工業の紊亂を致すことある可し或は

輸出業者の如きは自己の熟練と伎倆とを以て業に從ふものなれば絹織物の輸出にして不利

益とならば他の物産の輸出を試むるの自由ありと云ふも機業家の如き其資本の大半を擧て

斯業に固定せしめたる輩は一度その製品の販路を失ふに至れば之が爲めに被むる損害は决

して少々ならず殊に我邦の絹織物の如き多くは米國に輸出せられ近年米國に於ける需要の

增加に連れて輸出向羽二重の産出は年々に著しく增加したる事なれば若し一朝にして此販

路を失ふに至れば其損失の甚しきや知る可きなり我輸出業は本年十月幣制改革の後に於て

は多少不如意となる可きに加へて更らに此打撃を受けんとす其前途亦困難なりと云ふ可し

我輩は此點に就て當業者の注意を促すと同時に我外務當局者が外交の手段に由て宜しく處

分せんことを切望するものなり

人材登用

第十議會も無事に相濟みたるに就ては政府に於て先づ第一の著手は例の人材登用なる可し

人材登用甚だ可なり只我輩の掛念する所は當局の輩が多年來爵位の虚榮に溺れて獨り自か

ら一身を高くし恰も一般社會に對して遮斷法を行ひたるの結果として世間の人氣は全く政

府を去り苟も獨立高尚の士人は恰も官臭を厭ふて之を避るの姿なれば當局者が自から悔悟

して心身の消毒を施し眞實その臭氣を一掃するに非ざれば苟めにも近づくものはある可ら

ず今日の儘にして果して目的を達するや否や甚だ覺束なしと雖も根底よりの大覺悟は兎も

角もとして目下の政略よりすれば人材登用の如き其登用の人物如何は姑く擱き兎に角に一

時の人氣を新にするの手段として差當り妙なる可し我輩の傍觀せんとする所なれども實際

に果して人氣を一新するの効能あるや無きやは其决斷の大小如何に在るのみ若しも决斷小

にして單に當局者輩に親近する少數のものを用ひんか世間の不平は以前に倍して實際に效

なきのみか却て困難を感ずるに至る可し寧ろ無益の擧動にこそあれば果して人材登用を决

したらんには其决斷を大にして思ひ切て門戸を開く可し從來情實の中に籠城して固く自か

ら鎖したる其政府が一旦大に門を開て思ひ掛なき人物までも容れたりとあれば世間の凡俗

は事の意外に驚き非常の大英斷なりとて之を歡迎し或は多少の不平あるも其聲は一時の喝

采に壓せられて兎に角に人氣を一新することならん今の政府に用ひられて得々たる輩の如

きは何れ高の知れたる人物にして從來の實際と格別の相違はなきことならんなれども只是

れ人氣一新の手段にこそあれば人物の如何は問ふ所に非ず妙は其種類の多くして範圍の廣

きに在るのみ