「理窟のみを恃む可らず」
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本文
理窟のみを恃む可らず
理窟のみを恃む可らず
人は多く情に依て動く者なり理窟を以て爭へば是非容易に决し難き事も人氣に乘ずれば容
易く行はるゝこと多し吝嗇家が時として大に錢を奮發して鬼の目にも涙を浮ぶることある
は之が爲めなり即ち政治家が人望を取るに汲々たる所以にして如何なる敏腕も又如何なる
雄辯も人氣に投ぜざれば施すに由なし年來政府が不如意を感じたるは何故なるか其云ふ所
悉く不理窟のみに非ず其計畫また一切無用の事のみに非ず然るに議會が細々察々一錢一厘
の微を爭ひ一に其運動を妨げたるは徒に錢を惜むに非ず其評判面白からざるが故に態と反
對して之を苦めたるのみ今郵船會社は國庫の補助に依て成立するものにして其航路は内外
を問はず概ね保護の下に立つものなり殆んど半官業を以て視る可きものなれば其世間の評
判を重ずること亦官吏の如くならざる可らず獨立獨行敢て他人の世話に預らざるものなら
んには何事を爲すも勝手次第にして人言恐るゝに足らざれども國家の保護に生存を託する
者は自から前後左右に注意すること肝要なり特に彼の八十八萬圓の補助も來る三十三年十
月には滿期となり歐米航路の特別補助も次期の議會に再び請求する積なる可ければ會社の
運命に關する大問題は目前に橫はる者と云ふ可し最も注意す可き時にして今より問題を通
過せしむ可き道普請に着手せざる可らず理窟を以て爭へば双方ともに云ふ可きこと甚だ多
し盗賊にさへ言種ありと云へば况して斯る問題に付ては孰れの側にも議論多きは勿論なり
試に反對論の一端を云はんに彼の八十八萬圓の如きは多くは内國航海の補助費に充るもの
なり然るに内地の商業は近年著しく發達して航運業者の利益も少なからず國庫の補助なし
と雖も立派に成立つ可き筈なれば最早や斯る巨額の補助を要せず若しも補助なくんば立行
かずとならば是れ只その腕前の足らざるに因るのみと云はんか自から一説として聞かざる
を得ず又その外國航海に付て異説を持込み事の必要は則ち必要なれども國家の身代に於て
容す可らず歳入の四十分一以上を割て單に外航補助の一事に投ずるは諸外國の例に照すも
法外千萬なり絹布は肌に快しと雖も貧乏人は着ることを得ず特に一會社に斯る恩典を集む
るは腐敗を招く源因たる可しなど論ずるものあらんか是亦無稽の説として一概に排斥す可
らず單に理窟のみを以て世を渡らんとする〓大なる心得違と云ふ可し然らば之を如何す可
きやと云ふに明治政府が多年不人望にして事毎に民論の反對に遇ひしは〓〓情實の弊を生
じて無用不學の人を養ひ活發〓〓の〓〓を失ふて凡ての事自から殿樣流となり文明進歩の
反對に爵役などの古風を再演して兒戯の榮譽を輝し益もなき事に深く國民の感情を害した
るが故のみ我輩は特に郵船會社に情實の弊ありと云はず又〓〓〓〓〓て大に貧乏人の疳癪
を引起したりと思は〓〓〓〓〓ればと〓〓〓〓〓〓〓〓と〓〓〓〓〓〓ず〓〓〓〓こ〓即
ち〓〓〓〓〓〓的を〓す可〓〓〓〓〓〓〓〓〓の爲めに〓〓は〓〓〓决斷し〓其〓〓〓を
〓〓〓〓〓〓戰の〓〓は〓〓に在り補助問題〓〓〓は今日に在りと知る可し
外務省の機密費
今後國勢の進歩と共に國際間の交通日に頻繁を加へ外國貿易の區域もますます擴張して外
交官の職務はいよいよ必要の度を增すに至る可し左れば外交官が其駐在地に於て政治上な
り商業上なり陰に陽に周旋盡力して我邦の利益を保護進捗するに遺漏なからしむるの一事
は世人の擧て希望する所なれども此望を充さんには先づ第一に外務省の機密費を增加し實
際に必要なる費用は吝しむ所なく充分に給與して運動を自由ならしむるこそ肝要なれ元來
外交官の職務は往々利害を異にする外國に駐在して自國の利益を保護せんとするの塲合も
多ければ平生より能く其国の事情關係を熟察して利害の在る所を詳にし事に臨んで敏捷の
處置に出でざる可らず其職務の困難なるは局外者の想像にも難き程にして歐米諸國の外交
官が能く此難局に處し紛亂錯雜の難問題を處斷するの伎倆は大に觀る可きものあるに反し
て我外交官は從來種々の非難を免かれず或は運動拙劣なりと云ひ掛引機敏ならずと云ふが
如き批評は我輩の毎度耳にする所にして實際の事實に徴するも自から其邊の遺憾なきに非
がるが如し例へば今度米國政府が議會に提出したる海關税法案の如き絹織物を始とし段通
花莚の如き我邦の特産品に非常の重税を課するものゝよしにて其電報の外務省に達するや
當局者は遽に在米の公使に訓電して米國政府に交渉せしめたりと云ふ是種の事實は偶ま偶
ま以て我外交官の運動弛緩なるを證するに非ずや抑も米國に於て右の如き關税案の提出せ
られたるは决して今日突然の出來事に非ず其根源は昨年來各州に起りたる日本品排斥の運
動に由來して當時よりして既に已に豫察せられたる所なるに然るに我外交官は此間に處し
晏然手を拱して事の成行を傍觀しながらいよいよ表面の事實に現はれ今日に至りて遽に狼
狽するが如きは决して其本能を盡したるものとは云ふ可らず我輩の遺憾に思ふ所のものな
り然りと雖も我外交官决して無神経の愚物に非ず殊に米國には公使の外に領事も駐在して
商賣貿易の事には終始注目しつゝあることなれば斯る明白の成行を知らざる筈はなかる可
し然るに其成行を知りながら恰も傍觀に付したるは畢竟費用の不充分にして活發機敏の運
動を試みるの餘地なかりしが爲めのみ我輩が毎度機密費の增加を説きたるは斯る塲合の必
要に處するの目的に外ならず今日の如き僅少なる費用を以て外交官に多を望むは無理の注
文のみならず國家の利益に非ざれば思ひ切て其〓〓を增し充分に運動の餘地を與へて力を
逞うせしめたる上にて尚ほ實を擧ぐる能はざるに於ては其時に至りて之を責むるこそ至當
の順序なれ今回の關税問題こそ誠に好適例にして若しも我外交官が陰に陽に手を盡して大
に運動したらんには其成功は兎も角も今日の如く〓に狼狽の醜態はなかる可し况んや斯る
問題〓就て〓〓〓〓〓力實際に見る可きものあるに於てをや左れば〓〓の事に鑑みて大に
外務省の機密費を增して大に外交〓〓の活動を謀るは實に時勢に適したるの處置にして其
成績は彼の保護干渉の政策と同日の談にあらざる可し我輩の更に一言する所以なり