「外國人と新聞發行」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外國人と新聞發行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外國人と新聞發行

外國人と新聞發行

新條約實施の曉に外人の内地に於て新聞紙を發行するを許すや否やは一の疑問にして橫濱

の英字新聞などは頻りに心配するものゝ如し現行の條例に據れば二十歳以上の日本人に非

ざれば新聞を發行すること能はず新條約には此事に關して特別に規定したるものなきが如

くなれば許すと否とは全く日本の隨意として實際の利害如何と云ふに我輩は許したればと

て別に心配なきを認むるものなり從來橫濱邊にて發行する外字新聞は我に何程の痛痒を與

へたるか時としては日本を罵詈讒誣して我々の感情を害したること少なからずと雖も大局

の上に於て我實利名譽を動かすに足らざるのみか是迄は治外法權の下に營業したるが故に

自から法外に逸したるの意味もあれども今後は日本の法律に支配せらるゝを以て其筆法も

一變することならん若しも依然として不穩の言を弄することあらば之を制するに法あり少

しも心配に及ばず假令ひ又之を禁じたればとて以て其口を〓するに足らず若しも彼等が日

本の擧動に付て意見あり不平あれば外國の新聞紙に訴へて之を漏す可し到底人の口には戸

は建てられぬものとすれば寧ろ始めより大膽に構えて其言はんと欲する所を言はしむるに

若かず内に於ては言論を自由にし外に對しては開國の主義を行ひ颯々と外人を入れて萬般

の商賣を許しながら獨り新聞發行に限りて窮窟論を唱ふ可きに非ず特に日本の所爲に關し

て内國人の見る所と外國人の觀察とは自から趣を異にす可きが故に其評論は多少參考に供

す可きものなきに非ざる可し帝國の内に居住する外人が如何に感じ如何に考ふるかを知る

は無益の事と云ふ可らず且又外字新聞を讀むものは國内に在留する有數の外人と其本國に

在る二三の人々にして廣く内國人の間に愛讀せざる可しとも思はれず左れば内國新聞の競

爭者に非ざると同時に何を論ずるも勢力なかる可し孰れの點に於ても憂ふるに足らざるの

みかいよいよ之を禁ずれば日本人の名義を以て發行するの道もなきに非ず名を何人にても

其實同じければ結果も亦同樣なるべし之を禁ずると否とは只徒に日本の度量の廣狹を示す

に足るのみ盖し政府に於ても之を許すに異議なきことならん今回の改正案に帝室に對し

云々の文句を加へたるは他日外人に内國人同樣新聞發行を許す時の用意なりと説明したる

政府委員もありし由なれば其意のある所察するに難からず外字新聞記者も幸に安心して可

なり

英語研究の必要

日本語を世界普及の語として之を用ひ世界各國を橫行するは愉快に相違なしと雖も是れは

今日直に望み得べき事に非ず目下の時勢に於て外國との交通を盛にし彼我に便益を頒たん

とせば勢世界に最も廣く用ひらるゝ國語を學習するの必要あるや明なり今や海外航路は開

けて彼我の來徃はいよいよ便利となり外國貿易は日に進歩して其區域を廣め日本は地図の

上にてこそ一嶋國なるも外國との交通容易にして關係の密接なるより見れば决して昔年の

一孤嶋に非ずますます外國との交通を頻繁にして充分に利益する所なかる可らず殊に從來

我國の外國貿易は多くは國内に居ながら他の來るを待受けたるものなれども向後大に其發

達を期せんとならば我より自から外國に趣き資本を放下して商業を營み工業を起す等の必

要あるは勿論或は未開の國に移住殖民を試みて拓殖を謀るの覺悟なかる可らず又之を内に

しては世人が多年希望せる改正條約も既に成りて實施もいよいよ明後年に迫り其以後に於

ては外人の内地に雜居するもの日に多きを加へ外資の移入外人の來遊もますます增加する

こと自然の成行にして此時勢に當て邦人に最も必要なるは外國語に精通して外國人との應

接對談に差支へなきの一事なり近く日清戰爭に就て見るも我軍隊に幾多の通譯官あり能く

清語に通じて支那の事情を偵察し軍事上に行政上に種々の便益ありたるに非ずや况んや平

和の交際は戰爭と異なり彼我の事情を通ずるの必要一層多きものに於ては言語に通ずる必

要も亦一層なる可きは云ふまでもなし左れば我國人が此際に當て學習す可き語は何國の語

なるやと云へば我輩は第一に英語を推すものなり盖し英語は最も廣く世界に用ひらるゝも

のにして他日或は世界語となるの時あるも知る可らず之を用ふるの國は英米の二大商業國

を始として南亞非利加印度濠洲等我邦が現に通商上密接の關係を有するもの多きのみなら

ず實際に英語を解するときは世界何れの地に行くも用辨に差支なき程の次第なれば其學習

は貿易上に最も必要なり殊に我國には他國の語に比して從來英語を研究せる者多數なれば

政府も此邊の事情を察し英語の研究に就ては充分盡力するは勿論、一般の世人も今日より

心掛けて必要の塲合に遽に狼狽せざるの覺悟ある可きなり而して其奬勵法は如何と云ふに

先づ高等の諸專門學校に於ては事情の許す限りは英語を以て專門學を研究せしめ又各府縣

の中學校もしくは都會の小學校などにても英語の敎授を盛にするは勿論國語國文等の研究

は他の專門學校に讓り之に代ふるに英語を以てするも然る可し或は之が爲に經費に不足を

告ぐるに於ては國庫に於て之を補助するが如き至當の策なる可し