「戰爭の成行如何」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「戰爭の成行如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

戰爭の成行如何

希土兩國の關係はいよいよ破裂して公然の開戰を見るに至れり其成行は果して如何なる可

きや抑も事の起りを尋ぬればクリート嶋の始末にして嶋民の中には年來土耳其の施政に不

平の輩多きを以て希臘人は恰も之を煽動して覊絆を脱せしめんとしたるより土耳其政府に

於ては之を鎭壓せんとして双方の軍隊嶋内に對峙して形勢容易ならざるにぞ歐洲列國も之

を傍觀するを得ず一方には軍艦兵隊を同嶋に派遣して兩軍の衝突を防ぎ一方には兩國政府

に勸告して調停を謀る其善後の方法として同嶋は名義上矢張り土耳其に屬せしむるも實際

は自治を許して嶋民の安全を保證す可しとの議を提出したるに土耳其は稍や同意の模樣あ

りたれども希臘は斷然その勸告を拒絶したるより列國は其艦隊を以てクリートを封鎖する

に至りしかども希臘の意氣込甚だ盛にして毫も屈するの色なく土耳其との境界なるセツサ

リー地方に向ひますます軍隊を派遣して其間尚ほ列國より種々の申込ありしにも拘はらず

ますます挑戰の態度を執りて土耳其人を激發せしめ遂に公然の開戰を見るに至りしものな

り希臘が〓爾たる一小國にてありながら列國の勸告に應ぜずして斯くまでに决心したるは

何か竊に恃む所のものあるか又は國民の狂熱に驅られ止むを得ずして茲(玄+玄)に至り

しものか其内情は知る可らずと雖も局外者の眼を以て今日までの始末を見れば希臘は他に

對し終始挑發の手段を執りたるものにして事の責任は自から免かれざるが如し而して今後

の成行は如何と云ふに單に兩國間の戰爭に一任せしうるときは國力と云ひ兵力と云ひ何れ

の點より見るも固より比較の限りに非ず最後の勝利の土耳其に歸す可きは數に於て明白な

るが如くなれども勝敗は時の運として姑く擱き其戰爭を兩國の自由に一任して自から結末

を告げしむるは歐洲列國の事情に於て許さゞる所なる可し若しも此戰爭が永引くこともあ

らんには列國は假令中立傍觀せんとするも彼のバルカン半嶋の諸國の如き平素より〓〓共

に慊からざる國々は此機會に乘じて自から逞うせんとして爭て蜂起してますます禍亂を大

にする其結果は詰り歐洲全躰の利害に容易ならざる關係を及ぼすを免かれずして列國の中

立傍觀は實際に許す可らず畢竟クリート事件に付き干渉を試みたるが如き最初より希土間

の交渉を兩國の自由に一任せざるの决心を見る可きなれば今度いよいよ開戰して其關係い

よいよ大なるに至りてはますます以て干渉の必要を見ることならん但し其干渉の手段は開

戰前に比すれば自から一變せざるを得ずして或は列國の間にも自から利害を殊にして多少

の面倒はあらんなれども目下歐洲の大勢より推測すれば今度の事件の爲めに全躰の大破裂

を來すが如き危險は先づ以て之なきに似たり左れば開戰匇々は兎も角も今後戰爭の模樣次

第にて詰り列國の干渉する所と爲り列國會議等の方法にて結末を告ぐることならんと思へ

ども外交の關係は甚だ機微にして今後の變化は容易に斷言するを得ず或は大變亂を招くの

掛念はなしとするも一方には兩國の戰爭次第に歩を進むると同時に一方には列國の合同容

易に纒らずして互に相睥睨する其間には種々の風説を傳へて時としては危機切迫の外觀を

呈し歐洲の市塲は之が爲めに搖動して商賣社會の恐惶を催ほすこともあらんには我貿易上

にも影響して少なからざる迷惑を蒙るに至る可し我國人たるものは其成行に注意して寸時

も怠る可らざるものなり