「次は外債募集なる可し」
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本文
次は外債募集なる可し
日清戰爭我國の大勝利に歸して少なからざる償金を収め得たるの一事より社會の企業熱は
遽に沸騰して種々の計畫指を屈するに遑あらず同時に既成會社の株券も首を擡げて戰爭中
に比すれば凡そ二十圓方の騰貴を見たるもの珍らしからず非常の景氣にして一方には彼の
干渉事件の結末に付き臥薪嘗膽など悲憤慷慨の色なきに非ざりしかども一般の歡聲に壓せ
られて社會の全面には只春光の麗なるを見るのみ企業の前途萬々歳と思ひたるは一時の夢
にして本來その企業熱は戰勝に取上せたる一時の人氣に促されて實際には未だ手にも入ら
ざる償金を目的の計畫なれば事の進に隨て忽ち金融の逼迫を告げ株金の拂込にハタと當惑
するものもあれば高直の株券を背負ひ込みて進退に窮するものあり企業投機世間一般の情
態にして風光一變次第に不景氣の聲を耳にしたる折抦、東京にては或る商人の失敗、上方
にては小銀行閉店の事などもありて經濟社會の狼狽一方ならず頻りに聲を高ふして恐惶來
を叫ぶに至りしこそ憐れむ可き次第なれ是に於てか其社會の輩は百計々盡きて策の出る所
を知らず取り敢へず政府に泣付き自儘勝手の説を爲して曰く實業の衰頽は即ち國家の滅亡
なり政府は全力を擧て救濟の手段を盡くさゞる可らず須らく日本銀行の利子を引下ぐ可し
須らく資金融通の道を開く可し云々とて必死に運動したるは實際の事實なり其運動果して
當局者を動かし得たるや否やは我輩の知らざる所なれども政府に於ては其頃より偶然にも
幣制改革の説を生じて頗る熱心の樣子を示したり抑も此改革は非常の大事件にして自から
利害の論も多々なれども差向き之を時の政略上より見れば政府の目的は外國に公債賣出の
道を便にして外資の輸入を謀り以て歳入の不足を補はんとするものゝ如し然るに外資輸入
の一事は恰も世間の實業家又は株屋など稱する金融社會の運動者輩の希望に投合して其輩
に於ては渡りに舟の譬のみか恰も救世主の手に接したる心地して之を歡迎したる其一方に
國會議員の如きも多くは無學の輩なれば後の利害をも考へず目前の人氣に乘じて手もなく
通過せしめたるのみ誠に無造作の始末なりと云ふ可し右の次第にして日本は立派に金貨國
と爲りて政府も運動者も共に目的を達したれども其目的は果して實際に行はる可きや否や
今日に於て其結果を云々するは太早計に似たれども倫敦市塲の樣子を見れば我公債の景氣
は依然として幣制改革の爲めに毫も影響を感ぜざる者の如し尤も改革は單に决したるのみ
にして未だ實行せざることなれば他日の成行如何は容易に知る可らずと雖も此一事の爲め
に外國の資本が續々入來る可きや否やは先づ以て疑問に屬せざるを得ず而して内の有樣を
見れば外國貿易は矢張り輸入超過の一方にして更らに振はず加ふるに米國にては關税增加
の沙汰さへあり又昨今地方の報知に麥作菜種の如きは或は不作に非ずやとの掛念ありと云
ふ其等の事は姑く擱き兎に角に金貨論の爲めに一時回復の色を呈したる株式市塲の如きも
此頃來の塲面は甚だ面白からざる樣子にして今後の成行甚だ掛念なれば外貨輸入を目的と
して一時安心を催したる例の運動者輩は大に失望しながらいよいよ窮するに至れば又も例
の手段に出でゝ政府に泣付くことなる可し否な其輩の中には早く既に外債募集の説を唱へ
て多少運動中のものあるよし當局者は之に就て如何なる考を爲しつゝあるや本來を云へば
斯る一種の輩の泣言は政府に於て耳を傾く可きものに非ず斷然排斥すること至當なれども
爰に一種の事情は金貨案の目的實際に齟齬して外資の輸入なきに於ては第一の困難は政府
の財政にして歳入の不足を補ふの道に窮することなれば果して其塲合と爲れば官民双方の
窮情恰も相投合して遂に外債募集の窮手段に出づるやも知る可らず外債募集も事宜に由て
は差支なし我輩の一概に反對せざる所なれども抑も政府が幣制改革の工風を案じたるは實
際財政の始末に窮しながら斷然租税增加の决斷を斷ずるを得ず左ればとて外債の募集は或
る一部の攻撃を免かる可らずとて表面に公債賣出の名を假りて實際には外債の實を行はん
としたる窮餘の窮策に外ならざるのみ然るに其窮策も果して目的を達せずして更らに窮々
策に出づることもあらんには政府が單に一時の人氣を得んとするが爲めに國家永遠の大利
害を弄びたるの責は斷じて免かる可らず今後の成行果して如何、我輩の刮目注意する所な
り