「臺灣の當局者は注意を密にす可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「臺灣の當局者は注意を密にす可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣の當局者は注意を密にす可し

總督府の組織を改め執務の手續を簡易にして銘々に責任を重んぜしむるが如きは政務上の

改革にして嶋地に於ける殖産興業に關しては別に自から計畫なきを得ず其事は一にして足

らざれども拓殖の實を擧げんとするには詰り内地の人と金とを輸入して事業に着手せしむ

るの外なしとして先づ差當り内地との運輸交通を便にするは勿論、嶋地内にも其便利を開

て其輸入を奬勵すること肝要なり即ち内地との間に定期航海を開き又嶋内に鐵道を敷設す

るが如きは第一の急要事にして航海は既に政府の補助を得て開かれ又鐵道も民設として同

じく其筋の補給を受けて着手とのことなれども双方共に完全を期するには更らに大に助力

するか又は政府自から手を下して速成を謀るの必要もある可し又その次には築港道路衛生

の事など何れも急要なれども何れも年月を要するものにして容易ならず速に着手して着々

歩を進むること肝要なるに目下の實際を見れば臺灣の割讓は僅々二年前にして彼の大戰爭

の結果として我に収めたるの事實は何人も知らざる筈はなきのみか其經營の爲めには少な

からざる國費を投じて銘々の負擔さへ輕からざるに拘はらず此頃は嶋地の事を口にするも

の次第に稀れにして或は殆んど忘れたるが如きの觀なきに非ず冷淡不熱心驚くに堪へたり

と云ふ可し其冷淡不熱心は一般の責に歸す可きが如くなれども畢竟彼地の事情甚だ不分明

にして世間の耳目に觸るゝの機會乏しきが爲めに外ならず斯る次第にしては人と金との輸

入も容易に望む可きに非ざれば嶋地の情况を成る可く内地人に知らしめて企業の心を誘起

するの手段最も肝要なり例へば内地の商人などが渡航することもあらんには當局の官廳に

於ては出來得る限りの便宜を與へて視察を遂げしむ可し自から時と金とを費して彼の地に

赴くものはいづれ何かの目的あることなれば是種の人は勉めて歡迎優待す可き筈なるに商

人は單に自己の利を謀るものなり私利の輩は决して近づく可らずなど單純一偏の考を以て

取合はざる如きこともあらんには折角渡航の人も失望して企業の心を飜すに至る可し斯の

如きは恰も殖産興業の本源なる人と金との輸入を拒絶するものにして斷じて取らざる所な

れば當局者に於て呉れ呉れも注意す可きものなり又その事情を廣く知らしむるには印刷物

を利用して報告を丁寧にすることも肝要なる可し彼の地にて發行の新聞紙なきに非ざれど

も重に嶋地の人に讀ましむる爲めにして内地に於て講讀するものは甚だ稀れなり利用する

に足らざれば官報を始め内地の新聞紙は續々報告を寄せて〓〓せしむ可し而して其報告も

官文書的にして乾燥無味のものにては一般人の愛讀を得ること能はざれば特に文筆に〓じ

たるものをして報告を草せしめ何事に據らず内地人に知らせたき事抦は詳細に報道するこ

とゝ爲す可し現に臺北地方の如きは気候も温和飲用水も佳〓にして衞生上には欠典を認め

ず殊に城内などは殆んど内地人を以て充すの有樣にして百般の便利は毫も内地に異ならず

始めて赴きたるものは其案外なるに驚く程のよしなれども内地一般に其實際を知るものは

甚だ少なく臺灣と云へば瘴烟毒霧の蠻地と認め戰爭の當時多數の兵士が流行病に斃れたる

慘状を今に想像して一たび其地に入るときは生還を期す可らずなど思ふもの多し畢竟報告

の不充分にして廣く行亘らざるが爲めに外ならず斯る始末にては人と金とを輸入して殖産

興業の目的を達するが如き思ひも寄らざる所なれば成る可く其實况を廣く知らしめて内地

人を誘導するの工風こそ肝要なれ是種の事は些細なるに似たれども嶋地拓殖の上には甚だ

大切なり當局者たるものは細大ともに注意して其注意の周密ならんことを要す單純一偏事

に當りて其邊の考に及ばざるは我輩の取らざる所なり