「東京市に道路なし」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「東京市に道路なし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

東京市に道路なし

東京市の事業は水道改良と云ひ市區改正と云ひ何時完成す可きか殆んど際限なき有樣にして齒痒き次第なれども取分け日々不便に堪へざるは道路なり到る處に凸凹を生じて所謂平地に平面を見ず又ある塲所は砂利の爲め恰も河原の状を呈し少しく雨降れば下水氾濫して湖水と爲り泥海と爲り雨既に収りて天は晴天白日なるも地面には下駄を沒し車輪を噛みて壯夫も歩行に艱み老幼婦女は外出するを得ず雨中雨後の歩行は草鞋に限ると云ふ帝都の奇觀なり其筋にても時に或は道普請の事なきに非ざれども其法粗末至極にして唯高低を掻均らしたる上に少し許りの砂利を散布するのみロールを以て固めもせざるが故に當分は道の用を爲さず漸く石と土と相混じて歩行に適する頃には又凸凹を生じて第二の修繕を要し隨て修むれば隨て壞る唯是れ小兒の戯のみ元來道路とは人馬の通行に便利なる空地の謂にして雨降れば往來途絶ゆる樣にては道路とは云ふ可らず今市中の所謂道路なるものには草木こそ繁茂せざれ交通に不便なるもの一として備はらざるなし恰も河原を歩み泥田を行くと同樣なれば日本の帝都には道路なしと云ふも可なり西洋諸國の例は姑く擱き日本の各地方にても苟も市町等の名ある處には道路の無状なること東京市の如きは稀なる可し目下市民の苦情百出も當然なるに當局者は何故馬耳東風に附し去て改良を計らざるか眼前に著しき影響を見ざるが故に感覺も自から鈍きことならんと雖も實際の損害に至ては測る可らざるものあり十萬二十萬の費用は云ふに足らず人身を養ふものは血液なり時々刻々澁滯なく血管の中を循環してこそ身體も發育することなれ一旦その血管に破損を生ぜんか健康は一日も保つ可らず東京市内の交通は市民を養ふ血液にして其循環を速にする者は即ち道路なり道路の破損は猶ほ血管の破損に異ならず市の繁榮に至大の影響なきを得ず日々市内を運轉する貨物の數量は擧て計ふ可らず單に内國通運會社の一手にて取扱ひし者のみにても明治二十八年には一億四千二百五十四萬餘斤に達せしと云ふ全市の集散高莫大なるを想ふ可し今是等の貨物を運ぶに道路惡しきが爲め三人にて濟む可き所に五人を役し一時間にて達す可きに二時間を〓ずとせんが勞力は錢にして時も亦金なり之を全市に通算し又一年に總計すれば其損失は蓋し巨萬に達することならん市内の馬車、荷車、人力車の數は凡そ十萬〓〓〓にして〓に一日一輛の賃銀を平均五十錢とするも總計五萬圓にして一年に積れば一千八百二十五萬圓なり若しも道路を修繕して運轉に便なるが爲め其運賃の一割を省くとすれば年に百八十餘萬圓の儉約にして五分を減ずるも尚ほ九十萬餘圓の利益を得べし且つ右の諸車製造費を平均一臺に付十圓とすれば十萬輛〓〓〓〓〓て五箇所間用ふるものとすれば〓〓に二十〓〓〓〓〓るに今若し道路改良の爲めに〓〓〓〓〓し〓〓〓〓ずには正に〓〓〓〓て利する勘定〓〓又他の〓〓〓〓〓〓する逃げた〓〓〓〓〓は延長凡そ二百里にして〓〓〓〓〓して人〓〓〓〓〓走するを〓ざるの〓なし或は〓官衙、諸會社に出〓する者、學校に出入する者、商用の爲め奔走する者、日用の用便の爲めに徃來するもの其數幾十萬なるを知る可らず百五十萬の人口中其三分の一が日に一度外出するも五十萬の往來を見る筈にして五分一にても三十萬なり此三十萬の市民が街路の惡しきが爲めに歩行に苦み時間を費し衣服を汚し履物を損し又時に乘らずとも濟む可き車にも乘りて直接間接に蒙る可き損害を一人平均一錢とするも一日の總計三千圓にして一年に積れば百九萬五千圓なり少なからぬ数と云ふ可し然るに東京市道路修繕の設計を見るに殆んど子供のマヽゴト同樣にして市民としては記すも耻しき次第なり延長二百里内外、坪數大略二百萬坪の道路を修繕するに本年度の費用は僅に八萬餘圓にして掛の役人は十五人に過ぎず一坪二十二錢の見積りにて年々五分の一づつ修繕する豫算なりと云ふ毎年手を入るゝ塲所もあれば七八年も打捨置く箇所もある可しと雖も平均して五年目に非ざれば修繕は一周せざる勘定にして而かも坪二十二錢にては此物價騰貴の際、僅に二三升の砂利を散布するの外策ある可らず特に二百里の間を時々巡廻して破損の有無を視察し其普請を監督するに僅に十五人の人數にて引足る可きに非ず增して廿人と爲し五十人とするも尚ほ不足を感ず可し道路の不始末なるは固より其所なり市政は戯に非ず惡道路は市民の懷中より年々幾百萬圓を奪ひ去る掏兒の如し之を捕ふるが爲めには大に苦心す可き筈なるに然るに其設計前記の如きは何ぞや錢なきが爲めと云はんか全國の市民中、東京の市民ほど負擔の輕きものなし三府五港の國税、地方税、市税賦課額の人口割平均額は二圓三十五錢にして東京市民の負擔額は一圓八十九錢なり其最も重きは神戸の三圓四十三錢にして東京を除き最も輕きは長崎の一圓九十二錢なり東京は帝國の首府にして商工業に於ても他に比肩するものなし市民は殷富にして其意氣も亦壯なり然るに最も輕き負擔に甘ずるは不倫の甚だしきものにして特に現在目前に急要の事件を控へながら資本なしとて手を空うするは萬々容す可らざることなり錢なきは只市役所のみにして市民は决して貧なるに非ず費用の必要あらば颯々と徴収す可きのみ一方には大に費用を投じて至急に經營す可き事業あり他の一方に於ては市民は綽々として增税に堪ふるの餘力あり何を苦で躊躇するか道路の惡しきが爲めに年々幾百萬の損害を看過するは市民に不親切の擧動にして其責一に當局者に在りと云はざる可らず我輩は切に其反省を促すものなり