「萬國博覽會の出品に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「萬國博覽會の出品に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

萬國博覽會の出品に就て

明治三十三年佛國巴里の萬國博覽會には我國よりも出品の筈にて其費用として三十年度よ

り三十四年度の五年間に亘る繼續費九十萬圓餘を支出することに决し既に夫れ夫れ準備中

のよい我輩は政府の筋に於ても出來得る限り保護奬勵の手段を盡して成る可く出品の多か

らんことを希望するものなれども先例に徴するに前年の巴里博覽會と云ひ又シカゴの同會

と云ひ我國の出品は數の多少は兎も角もとして其品物は彼の地にて賣却するの目的にて價

の安きを專一としたるが故に是れぞ日本の工藝美術の標本なりとて大に我技術の特色を發

輝し外國人の注意を惹きたるものは甚だ少なかりしが如し會塲を實見したる人の話に諸外

國の出品を巡覽し去りて我陳列塲に入れば規模の小なるは致方なけれども其陳列品は孰れ

も十把一束の安物にして恰も東京邊の勸工塲を見るの觀なきに非ず外國人などは物珍らし

氣に我陳列塲に群集して評判も好く賣品も多かりしかども其有樣は淺草の仲見世におもち

やの類を買ふと一般にして單に一時の慰みに過ぎず外人をして眞實日本技術の本相を知し

むる程の出品なかりしは遺憾なりと云へり畢竟我國の出品者は資本に豐ならざるが故に時

と金とを費して精巧の製品を出しながら若も其出品が陳列中に賣ずして空しく送還さるゝ

ときは空しく損失して其損を償ふの見込なきよりして只賣るを目的として殊更らに安き品

物を出したるのみ無理もなき次第なれども本來博覽會の出品は工藝製作の技倆を廣く世界

に示して評判を博し永く他日に利せんとする者にして現品の賣るゝと賣れざるとは勘定に

入る可きに非ず只精巧を勉めて外國人の注意を惹くの用意こそ肝要なるに折角の出品も斯

る有樣にては實際に左までの効能なかる可し我輩の感服せざる所なり今度の費用は九十萬

圓にして縦來に比して多きが如くなれ共其費用は出品の運送保險又は會塲の飾付、出張員

の旅費等に供するものにして特に技術家に保護を與へて精巧の品物を製出せしむるの餘裕

はある可らず政府に於ては成る可く精巧品を得んとするの考にや内地の美術會共進會等の

出品中にて相當と認めたるものは自から買収して自から出品する旨を公告したれども僅々

の費用にて廣く求めたりとて如何なる品物が手に入る可きや殊に美術會共進會等の出品は

本來内國人を目當に造りたるものなれば萬國博覽會の會塲に出して外人の耳目を惹くに足

る可き製品を得るは實際に難しと云ふ可し就て我輩の所見を以て爰に一案ありと云ふは政

府の保護奬勵にて普通の出品に精巧のものを望むは到底出來ざる相談なれば世間の富豪大

家の人々が自から金を投じ適當の技術家に命じて思ふ存分に工風を費し眞實日本の美術工

藝品と稱して恥かしからざる精巧の物を造らしめて自から出品するの趣向是れなり今日の

實際に富豪の人々が古器物美術品等を弄ぶが爲めに少なからざる金を費すは珍らしからぬ

沙汰にして其これを弄ぶは一種の好事のみか間接には自から其道の奬勵とも爲る可し道樂

の高尚なるものにして寧ろ喜ぶ可き所なり今その人々が自から樂しむの目的にて造らしめ

たる其品物を出品するは只暫時の間、愛を割くまでのことにして毫も自から損する所はな

かる可し而して出品に就て往復の運賃並に其保険は政府にて負擔すること勿論として大價

の如きは思ひ切て高くす可し素より賣るの目的に非ざれども若しも強ひて所望のものあら

んには出品人の考次第にて賣却するも差支ある可らず即ち其代價を以てすれば更らに精巧

のものを得るに難からず只これを得るまでに多少の日月を要するに過ぎざるのみ即ち此趣

向にするときは出品人は毫も迷惑を感ぜずして充分精巧の出品を見るに至る可し抑も日清

の戰爭以來外國にては日本の評判殊に高くして何事にも注目する折柄萬國博覽會に其戰勝

國の出品とあれば必ず他の耳目の集點たる可きは必然なるに實際に其陳列品を見れば矢張

り前年と同樣恰も勸工場の賣品に異ならずして毫も一新の實なしとありては彼等の失望一

方ならざるのみか自から日本の評判にも關係して其結果甚だ妙ならざるものある可し我輩

は富豪大家の人々が暫時の間、好事の愛を割くの心にて自から出品の勞を取らんことを勸

告するものなり