「獄政を司法大臣の管轄に移す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「獄政を司法大臣の管轄に移す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

獄政を司法大臣の管轄に移す可し

司獄官は社會の安寧秩序を害したる不法の徒を監督して嚴正なる紀律に服せしめ感化啓誘

して以て再び法外に逸することなからしむるの責任を負ふものなれども扨その感化啓誘の

功は一朝一夕に収む可らず第一其人は斯道の經驗に富み如何にすれば罪人を治むるに最も

効力多きやを知り次には其事を以て殆んど終身の業と心得、是非とも懲戒の目的を達せざ

る可らずとの宗敎的熱心を有すること肝要にして此二箇條の資格を具へしめんには何は扨

措き先づ其地位を鞏固にして容易に動さず以て當人をして安心せしめざる可らず然るに因

襲の久しき今尚ほ司獄官を視ること殆んど昔日の牢番同樣にして一般に之を重ぜざるのみ

か交迭頻繁なる府縣知事をして監督せしむるが故に其地位も隨て安全なるを得ず何時轉免

も計る可らずして職務も自から疎略に流るゝは免れざるの數なり特に今後地方官の任免は

一層頻繁と爲ること明白なれば監獄費を國庫支辨に移すと共に司獄官を擧て司法大臣に隷

属せしめ檢事をして之を監督せしむるこそ得策なれ萬國刑法會議に於ても監獄は須く檢事

の監理に屬す可きものと議决し現在歐洲に於ては既に之を實行するもの多く又將に實行せ

んと圖りつゝあるものも少なからざるよし事の性質に於て司法大臣に屬す可きのみならず

内務大臣は地方行政、議員選擧、行政警察、土木、衛生、地理、社寺、戸籍、出版、版權、

賑恤、救濟等に關する事項を管理し其職責甚だ廣くして或は過大に失するの惧なきに非ず

監獄管理の如きは自から行屆き兼ねて屬僚に一任し所謂屬僚政治に陥るの憂あるに反し司

法大臣は檢察事務を指揮し恩赦復權に關する事項及び其他の司法行政を管理するまでにし

て平生無事に苦むほどの次第なれば今若し獄政を内務より割て司法に移さば其監督は一層

行屆くことならん然かのみならず治獄の事は本來檢事の職務に關すること多くして地方官

には縁故甚だ薄きものなり獄費にして一旦國庫支辨と爲らんか職務上殆んど府縣知事と何

等の交渉もあることなし例へば治罪の手續たる司法警察も起訴不起訴の决も有罪無罪の裁

斷も刑の執行指揮も又刑の執行監督も其過半は司法官たる檢事に職責に屬し幾分は裁判官

に屬す可きものなり隨て府縣知事は如何に未决囚の減少を望むも其職權の及ぶ所に非ず傍

觀の外なけれども若しも司獄官を擧て司法大臣の管轄に移し檢事をして監督せしめなば未

决囚を減ずるの望もなきに非ず且つ已决囚に對し刑を執行するに當りては所犯の情状を斟

酌して輕重の役を賦課すること多し而して其所犯情状の輕重を知ること最も詳なるものは

檢事にこそあれば其監督の下に役を賦課するときは從前よりも刑の執行その當を得べきは

明白にして再犯防止の効力も少なからざるのみか懲戒の状况、改悛如何の監視も一層精密

と爲り感化遷善の實効を奏して自から減刑の恩典に浴するものも次第に增加することなら

ん我輩は監獄費を國庫支辨に移すと共に獄政を司法大臣の管理に歸せんことを望むものな