「盍ぞ外債を募集せざる」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「盍ぞ外債を募集せざる」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

先頃日本銀行の手を經て英商に賣渡したる軍事公債四千三百萬圓は此程先方に於て額面千圓に付百三磅十二志四片の割合を以て倫敦市塲に賣出したるに市價は百五磅二志四片に上れりと云ふ(當時の爲換相塲にて一磅は十圓二錢二厘四毛に當れば百五磅二志四片は千五十三圓五十二錢一厘二毛なり)或は此報に接して案外の好景氣なりと認むるものあらんなれども我輩の所見を以てすれば目下倫敦の株式市塲にては二分半利付のコンソル公債が百五磅、二分七厘五毛利付のコンソル公債が百十二磅に賣買せらるるに五分利付の軍事公債が千圓に付百五磅餘の賣價とは大に物足らぬ心地なきを得ず日本の幣制が銀貨本位にして我公債を買ふ者は銀價變動の度ごとに不測の損害を被むるの危險あれば兎も角も本年十月以後幣制は金貨本位に改まり我公債も同時に金貨公債となることなれば凡そコンソル公債の相塲より割出して餘ほど好き價を得べき筈なるに然るに新幣制は僅僅數個月の後に實施せらるるにも拘はらず外國市塲の賣買に相應の價格を保つこと能はざるは如何なる次第なりやと云ふに彼等の考を以てすれば日本公債は据置年限短くして發行後五年を經過すれば所有者は何時低利の公債と取換へらるるやも知る可らず斯くては永く五分の利子を收むること能はざる其上に日本は法律上金貨本位を採用したれども今後の金銀比價の變動如何に依り果して之を維持するを得るや否や慥ならず金貨公債の積りにて買入れたるものが償還を受る時には銀價公債に變ずるが如き掛念も圖る可らずとて利子の高きを見ながら兎角買進まざることならん無理もなき次第にして彼等の不安心は金を銀に換へらるるの一點に外ならざれば財政上既に外資を入るるの必要を感じて之を唯一の法と認めたる上はいよいよ本音を吐て斷然金貨公債の募集と决し外國財主が好む如く其据置年限を長くし幣制の如何に拘はらず必ず金貨を以て償還す可き旨を契約したらんにはコンソル公債と同率の利子を以て額面の應募は或は覺束なしとするも凡そ三分の利付なれば目的を達すること敢て難きに非ず目下倫敦市塲の相塲を聞くに匈牙利の三分利付公債は九十二磅、土耳其の三分半利付公債は九十六磅半にて賣買せらるるよし况んや我國年來の信用を以てする時は三分利付の金貨公債を募集するは容易の事なる可し殊に今度政府にて要する公債の用途は重に諸般新事業の施設に供するものにして外國財主の氣受も惡しからざる可き其上に歐米の經濟社會は近年金貨騰貴物價下落の爲に不景氣一方ならず百般の事業沈衰して資本家は概して確實なる公債證券等に放資するの傾あることなれば我國の金貨公債は必ず彼等の需要に投ずるや疑ふ可らず最初より外債募集と打出して外に募ることとすれば斯る低利にて目的を達するの見込あるにも拘らず五分利付の軍事公債を外國に賣出し僅に額面以上の價を得たりとて之を喜ぶが如き迂■(さんずい+「闊」)の甚だしきものと云はざるを得ず左れば今後政府の都合にて公債〓〓の〓要なければ兎も角も財政計畫の次第〓〓むに從ひ製銕所の設立電話の擴張鐵道の改良等其他百般の新事業費は孰れも公債に依頼するの豫定なれば内國にて目的を達せざるときは是非とも外資の輸入を求めざるを得ず之を輸入するに三分低利の道あるにも拘はらず辛苦經營公債を賣出して五分の利子を拂ひ看す看す二分を損するとは氣の知れぬ談にこそあれ利害の斯く明白なる上は當局者たるものは何ぞ一歩を進めて外債募集の手段を執らざるや政府は既に四千三百萬圓の公債を買て外資輸入の端を開きたり其輸入果して必要にして今日の財政の爲めに利益とならば公債を賣るも外債を募るも名義こそ異なれ等しく外國に資金を借りて利子を拂ふことなれば一分にても一厘にでも利子の安きを擇ふ可きのみ分り切たる損得談にして政府の當局者とても固より之を知らざるに非ず知て之を行はざるは他なし彼の外債の聲を聞て賣國と認むるが如き排外論者の反對を恐るるが爲めならんなれども斯る反對は時勢に通ぜざる愚問にして顧みるに足らず外資輸入の利害論は別問題として姑く之を措き政府に於て既に輸入と决したる上は其輸入法の損得を講ずるこそ當局者の責任なれ世間の愚論を恐れて外債に躊躇し其結果遂に國庫の不利を致すが如きは更らに愚の甚だしきものにして財政の大任を託するに足らず故に今後彼の四千三百萬圓の外に尚ほ外資の必要あらば斷然金貨公債募集と覺悟して斷行す可し公債賣出の姑息策に安んずるは我輩の斷じて取らざる所なり