「増税の决斷」
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時事新報に掲載された「増税の决斷」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
昨今調査中なる明年度の歳計豫算は各省よりの要求總額凡そ四億圓に達するよしにて當局者は其削■(にすい+「咸」)方に付き苦心一方ならずと云ふ昨年前政府が本年度の豫算を調査の際にも三億圓に及びたりとて時の當局者は其始末に苦しみながら未だ成案を得ざる中に政府の更迭を見たりき戰後財政の膨張に隨ひ豫算調製の困難は毎度のことにして或は政府に統一の實なく各省割據の有樣を以て銘銘の勝手に要求額を申出し恰も歳入分取の姿なるより斯る困難を來すに外ならずなど評するものもあれども割據云云の事實は兎も角もとして各省の要求なるものは果して種種雜多の經費を付出して分取りの實を演ぜんとするものなるや否やと云ふに我輩の所見を以てすれば其要求は寧ろ國力増進の結果として實際、止むを得ざるの必要に出でたるものと認めざるを得ず要求の細目は固より知るを得ずと雖も何れ運輸交通教育等の施設に關するもの多きに居ることならん是種の計畫は國力の増進に伴ふてますます擴張す可きものなるに戰後の財政を見れば大に膨張したりと稱しながら其膨張の原因を成したるものは海陸軍の擴張にして其他の施設に至りては以前に比して著しき相違を認めず即ち歳入二億何千萬の大半は軍事費に支出するものにして全く軍備の膨張に外ならざれば實際には國力増進の實あるにも拘はらず諸般の施設は毫も其増進に伴はずと云ふも可なり左れば鐵道電信電話の改良擴張を始めとして隨て其事業の爲めに人を要するが如き又物價の騰貴に連れて各種の費用の嵩むと共に官吏の俸給をも増さざる可らざるが如き孰れも實際の必要にして到底現在の歳入を以て辨ず可らず數の明白なる處なり勿論各省の要求中には自から削■(にすい+「咸」)して差支なきものもある可し二億何千萬のものが一躍四億に上る如き突飛の増加は素より許す可らずと雖も要するに今の歳入を其儘にして現在の必要に應ぜんとするは實際無理の注文にして當局者が如何に頭を疾ましむるも別に銘案の出づ可き筈なければ目下の計は千思萬考歳入増加の一事に歸せざるを得ず其増加に就ては或は公債募集の手段もあれども公債は内に募るも外に募るも詰り一時の窮策に外ならず永久頼む可きに非ざれば結局増税の外に工風なきは明白なるに國力増進、國民に負擔の餘裕あるは事實に徴して疑なきにも拘はらず其决斷に躊躇するは何故ぞや盖し當局者の考にては民論の反對議會の向背に掛念して决斷を敢てせざることならんなれども若しも今日の儘に付するときは諸般の施設進むが如く退くが如く實際は何事も擧らずして國〓の進歩を妨るの結果ある可きのみか差當り各事業の澁滯の爲めに國民の不便不利益は非常のものにして苦情百出その緩慢を云云して一般の望を失ふは勿論、部内の官〓も無事に堪へずして次第に不平を釀し政府は然る内外〓厭かるるに至る可し思ふに今の人民の苦しむ所は負擔の輕重に非ずして税目の繁雜なるに在り左れば我輩の素論の如く一方に増税を斷行すると同時に一方には手數の面倒にして實收入の少なき營業税所得税の改〓を始めとして舟税車税地方の細税、俗に云ふ鐚税の類を全廢して一新洗ふが如くするときは人民上下の滿足期せずして萬歳を唱へ自から一般の人望を博するに足る可し即ち政府の基礎を固うする所以なるに當局者には此邊の成行を察するの明なく又膽力なく徒に心痛して唯眼前の物議を憚るのみとは單に政略の一點より見るも拙しと云ふの外なし斯くては現政府も百方の攻撃を免かれずして終りを善くせざるのみか内閣更迭して其後を承る當局者は必ず新税法を斷行して大に天下の人氣を得るや疑ふ可らず左れば我輩の素論は早晩事實に行はるること明白にして前後の得失は孰れにしても差支なきが如くなれども差當り國事の澁滯は傍觀に堪へず我輩の决斷を勸告する所以なり