「政府に統一の實なし」
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時事新報に掲載された「政府に統一の實なし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
現政府の組織は前内閣が割合に永續して人心の殆んど倦みたる其後を承けたることとて一時耳目を新にしたるの觀なきに非ず議會の有樣が從來に引換えて甚だ平穩なりしが如きも畢竟これが爲めにして當局者の安心想ひ見る可し左れば此機に乘じて大に奮はんには大に人望を博し得て年來の不如意を一掃するも敢て難きに非ざるに爾來の成行を見れば人材登用など聲言して多少の人物を用ひたるの外、著しき成蹟なきのみか實際に失體の認む可きもの少なからず例へば農商務省が第十議會に種種の愚狂案を提出して今日に至りては其始末に困却するが如き文部省の次官騷ぎに恰も都内の一揆騷動を演出して殆んどあぐみ果てたるが如き又會計檢査院の始末の如き法律上如何ともす可らずとは云へ一種の失體に外ならず孰れも醜態と云はんより寧ろ滑稽の妙を極めたるものにして捧腹絶倒に堪へざる所なれども苟も責任在る政府の擧動に滑稽の戲は許す可らざるのみか凡そ是等の失體は〓甚だ小なるが如くにして其實は然らず如何となれば其失體は政府の部内に威信の行はれざるを證明して自から侮を招くの端を開くものなればなり政府は組織の當初官紀の振肅、行政の整理を宣言して自から其實行を期しながら早く既に斯る始末にては宣言の實行も先づ以て覺束なかる可し若しも新政府の末路に是種の失體もあらんには世間の非難攻撃は必然にして殆んど窮したることならんに今の政府は更迭日尚ほ淺くして人氣の未だ去らざるが爲めに〓に物論も喧しからざることなれども此頃來の〓た〓くにては遠からず一般の侮りを招て自から破滅せざるを得ず一片の宣言を抵當として當局者を責むるが如き我輩の敢てせざる所なれども其部内にさへ威信の行れざる薄弱の政府には安心して政務を託するを得ず國の爲めに謀りて甚だ取らざる所なり思ふに政府は斯る失體の多き其次第は如何と云ふに我輩の所見を以てすれば本來部内の統一を缺くが爲めと認めざるを得ず若しも閣員輩が互に和合して一致の實あらんには屬僚の徒が如何なる意見を提出するも又如何なる運動を試みるも斷然排斥して取合はず以て上官の威嚴に屈服せしむ可き筈なるに然るに其輩を縱て恰も屬〓一揆の騷動を演ぜしめたるは畢竟一致の實なきが爲めに外ならざればなり原因既に明白なれば治療の法も敢て難きに非ず要は閣員輩の覺悟如何に在るのみ盖し内部には自から種種の事情行掛りもあらんなれども其輩の不一致は政府破滅の本にして詰り銘銘の利害に關することなれば互に利害を考へて互に堪忍するこそ肝腎なれ今日までの事實は失體に相違なきも世間の人氣も未だ全く去らざることなれば尚ほ回復の望みなきに非ず聞く所に據れば昨今政府にでは明年度の歳計豫算調査に際し各省の要求額何れも大にして現在の歳入にては迚も應ずるに足らずとて大に當惑中のよし或は各省割據の姿を成して銘銘思ひ思ひに要求するよりして非常の増額を見たる意味もあらんかなれども我輩の所見を以てすれば是れぞ部内統一の好機會にこそあれ要求の細目は知る可らずと雖も目下差當りの施設を實にするに歳入の不足は知れ切たることなれば増税の决斷は覺悟の前として扨その决斷に就ては兎に角に國民の負擔を重くするは實際の事實にして政府の責任决して輕からざれば大に各省の事業を伸張すると共に閣員全體に其責任を負ひ誓て伸張の實を收むることとなさば進退も自から一致して從來の面目を改むるに難からず世間に於ても其勇氣に望みを屬して輕侮の念を絶つに至る可し果して此决斷に出でんには人氣更らに一新して從來の失體の如き眞實一時の滑稽として一笑に付し去ることならんなれども若しも豫算問題などにも各省割據の姿を成して銘銘思ひ思ひに要求を大にしながら决斷の一段に至れば責任を他に歸して竊に不平を唱ふるが如き始末もあらんには政府の維持は到底覺束なかる可し我輩は敢て現政府の永續を望むものに非ざれども頻頻の更迭は餘り好ましからざるのみかますます失體を重ねて始末の付かざるに至るときは其後を引受くるものは迷惑至極にして詰り國の不利に歸せざるを得ず我輩の傍觀に堪へずして餘所ながら忠告する所以なり