「運輸通信事業の不始末」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「運輸通信事業の不始末」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

商賣工業は運輸通信と相待て發達するものにして貨物は澁滯し通信は遲延する其間に活溌なる取引の行はる可き筈なし通信は恰も神經にして鐵道は血管の如し二者に故障あれば國の繁榮は到底望む可らず然るに遞信省管内の事業を見れば一として滿足す可きものなし郵便は集配人を得ずして遲配すること多く電信は設備不十分にして需用に應ずるに足らず平生無事の日にても大阪より東京に達するに八九時間を費すこと少なからざるのみか往々間違を生じて用を爲さゞることさへなきに非ず鐵道も同樣にして日本の大動脈とも云ふ可き東海道の幹線すら規模狹小にして車輛備はらず速力鈍くして荷物澁滯の苦情喧しきが上に風雨の爲め破損して不通と爲るは毎度の事なり信越線の如きは目下蠶桑の時節に際して貨車足らず汽關車も往々破損して繭の輸送は迚も間に合はずとて製絲家の心配一方ならずと云ふ電話は如何と云ふに改良擴張共に遲々として進まず擴張の方は全く中止には非ず少しづゝは加入者も増すよしなれども誠に九牛の一毛に過ぎずして幾千の希望者は何時加入の望を達し得べきか殆んど望洋の歎を免れず特に其改良即ち地下線敷設の如きは一歩も進む能はず本年度内に竣工す可きものも其まゝ來年度に延期せざるを得ず隨て東京大阪間の架設も着手するに由なく同じく明年を待つの外なしと云ふ何故に然るか經費なきが爲めかと云ふに決して然らず電話擴張費本年度の豫算額百六十七萬七千圓の内、本年度内に消費する高は僅に六十餘萬にして來年度に繰越すもの百萬餘圓もある可く又官線鐵道改良費の豫算額は四百五十萬圓にして實際使ひ得べきは百餘萬圓に過ぎず三百四五十萬圓は同じく翌年度に繰越す可き見込なりと云ふ一方には費す可き金錢山の如くにして他の一方には事業少しも進歩せず潮の如く押寄せ來る需用に應ずる能はずして只狼狽するのみとは如何にも不思議なる現象と云はざるを得ず當局者の説く所に據れば全體の豫算額に於ては差當り乏しきを憂へずと雖も分て細目に至れば〓〓〓費の爲め豫定額を以て材料を買ふ能はず例へは地下電話の敷設に要する鐵管の如き前に購入の約を結び保證金をも受取りたるに商人は約束の値段にては納むる能はずとて幾萬圓の保證金を捨て違約したる次第なりと云ふ果して然らんには獨り遞信省の當局者を咎む可らずと雖も豫算の編成その宜しきを得ざるものと云はざる可らず物價は絶えず變動して已まざるの常にして今日一〓の煉化が一錢なりとて明日も然る可しとは想像す可らず況んや一年の後に於てをや而かも其變動には自から度あり非常の事變あるに非ざれば一時に二倍と爲り三倍と爲るものに非ず之に備ふるは當然にして又左までの難事に非ざるに然るに昨年減少し〓〓〓〓騰貴したるが爲め金はありながらも使ふこと〓〓〓とは遺憾と云うふ可し若しも總ての豫算が此筆法を〓〓〓成せられたらんには單に遞信管下の事業のみならず〓備擴張の如きも〓から中止せざるを得ざる

に至る可き筈なり不都合千萬なれども然れども既往は咎むるも益なし只今後の處置を肝用なりとして扨て之を如何に始末す可きかと云ふに前にも述べる如く運輸通信の機關は一として全きものなし苦情の聲は湧くが如くにして疾呼救濟を求むるの切なるは恰も火事に消防を呼ぶの情に異ならず空しく一年を待つ可きに非ず且つ國民が其費用の支出に同意したるも畢竟するに速に改良擴張の實効を奏せしめんが爲めに外ならざれば斷然責任を負ふて事後承諾と決心し出來得る限り盡力して豫定の目的を達するの外に策ある可らず文明の世界は甚だ多忙なり急要切迫の事業を謂れなく一年も猶豫するは迚も堪ふる所に非ず用ふ可き金錢を抱きながら空しく歳月を費さんよりは寧ろ手段は變則にもせよ最初の計畫を實行する方却て國民の本意にも副ふ可し此外に進む可き道なしとして最後に一言す可きは内地臺灣間電信の一條なり此事に付ては過日も一寸記したれ共今日に至て漸く技手の養成に着手とは如何にも奇怪なる話にして是れには自から深き仔細あることならんと思ひしに尚ほ能く聞く所に據れば單に技手の準備なきのみか之に給す可き費用の用意もなき爲め電信は增したれども人を增す能はず餘儀なく内地の各局より人選して新式の電信取扱を練習せしむるなりと云ふいよいよ以て不可思議なり此電信の今頃落成す可きは何人も豫期したる所にして屡々新聞紙上にも記されたるほどなれば當局者に於ては尚更ら確に餘地したるに相違なし左れば其費用も前以て請求し技師技手なども十分に用意して開通と同時に公衆の電報をも取扱ふ筈なるに然るに今日まで人の用意もなく費用は次の議會を待つの外なくして左なきだに不足勝ちなる既設の各局より技術者を拔き取ていよいよ通信を遲滯せしめんとは何事ぞや臺灣の經營上第一に必要なるは交通の便利にして密接に之を内地に聯結して双方の事情を轉瞬の間に通ずるものは即ち此電信なれば其商賣上並に政治上に莫大の効能ある可きは論を待たず世人が一日千秋の思を爲して待受けたるも偶然に非ざるに然るに其開通を目前に見ながら利用すること能はず手を束ねて空しく傍觀の外なしとは返す返すも遺憾に堪へず當局者に於て若しも説あらんか我輩は切に聞かんと欲するものなり