「米布合併條約」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「米布合併條約」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米布合併條約

米布兩國の間に合併條約の調印濟みとなりたる旨は昨日の號外にて報じたるが如し抑も兩

國合併の議は敢て今回に始まりたるに非ず久しき前よりの談にして双方の説區々なる中に

も四五年前布哇の共和政府にて合併の議を决し委員を米國に特派して交渉に及びたるも時

の大統領クリープランド氏は斷然不同意を唱へて之を拒絶したるにぞ其儘立消えとなりし

にマツキンレー氏の就任以來又もや合併の説を主張するものあるよし往々耳にする所なり

しが兩國の協議いよいよ熟して條約の調印濟みと爲りたるものなる可し敢て怪しむに足ら

ざれども左るにても合併問題は目下差迫りたる事件に非ず且つ米國從來の國論に徴するも

合併に就ては左まで熱心ならざるが如くなりしに此際調印を急にして開會中の臨時議會に

提出するの運びに至りしは少しく解す可らざるに似たり或は今回我政府が移住民に對する

處置を不當として布哇政府に談判を試み又一方には人民保護の爲に軍艦を派遣したるより

兼々合併を希望しつゝある彼の國人等は之を好機會とし日本は布哇併呑の野心を懷くもの

なりなど巧に説を設けて同臭味の米國人と相結び該政府を動かしたる等の事情もあり旁々

以て事の急を促したるものには非ずやとの想像説もなきに非ざれども其邊の事情は兎も角

もとして差當り我布哇談判の成行は如何なる可きやと云ふに本來談判の趣旨は條約違反の

處置に對して反正の實を求むるに過ぎず事理の簡單明白なるものなれども對手は獨立國と

云ひながら恰も各種の外國人寄合ひの一孤嶋にして隨て政府の當局者とても殆んど無責任

の姿なれば斯る小國に對して眞面目の談判は事理の止むを得ざる處とは云ひながら少しく

氣恥かしき感なきに非ざりしに若しも合併の實いよいよ行はれて政府の主權が米國に歸す

ることもあらんには談判の運びは容易にして我正當の要求を認むるに至ることならん此一

點より見れば我輩は寧ろ其合併の速に行はれんことを望むものなれども然れども更らに飜

て事の關係を眺むれば布哇の土地は弾丸黒子の孤嶋に過ぎされども位置は東西海路の要衝

に當りて其得失は世界海國の利害に關する所少なからず殊に英國の如きは加奈陀地方より

濠洲及び東洋に至る航路聯絡の爲めに重きを置く塲所にして畢竟今日に至るまで恰も中立

の土地として孰れの所屬にも歸せざりしは是等の關係あるが爲めに外ならず左れば其合併

に就ては各國の異議を免る可らざるは勿論ならんなれども是れは自から別として差當り米

國の國論を見るも從來反對の説頗る盛なるが如くなれば果して之を是認するや否やは未だ

知る可らず本社に達したるロイテル電報に據ればマツキンレー氏は關税問題の落着を待て

右の合併案を議會に提出す可しと云へば(同國の宣傳に從へば條約は元老院の出席議員三

分の二の同意を得て効力を生ずるの定めなり)孰れにしても遠からざる中に决することな

らん我輩は其成行に注目して〓〓に〓らざる可し