「貴族院の價如何」
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本文
貴族院の價如何
貴族院多額納税議員の互選は去月十日を以て結了し有爵者の互選は本月十日を以て擧行せ
らるゝ筈にて昨今競爭中なりと云ふ世間には色々の評判もあることなれども孰れが勝つも
其人物に格別の相違はある可らず左まで重きを置くに足らざるのみか我輩は元來貴族院其
物の價如何に就て疑を抱くものなり其名の如く貴族院は貴族と名くる國民中の一種族を骨
子として之に多額納税議員と勅選議院とを加へて組織するものにして一見甚だ美なるが如
くなれども其實は然らず祖先又は當代の主人が國家に何か功勞ありし表章として見れば貴
族の名貴からざるに非ずと雖も或る意味に於ては國民中下等の種族たるを表するものなり
と云ふも不可なきが如し華族必ずしも暗弱の人のみに非ず中には非凡の人材もなきに非ず
と雖も概して心身共に健全ならざるもの多きは爭ふ可らざる事實なり身自から活世界の活
事物に接して苦樂甘酸を甞め時に大に失敗して失望することあれば又大に成功して喜ぶこ
ともあり絶えず智慧を働かし身を勞してこそ始めて有用の材と爲る可けれ檻の内に飼は
るゝ動物は山野を驅廻りて敵の襲撃に備へつゝ自から餌を求むる鳥獸の強きに及ばず室育
の草木は風雨寒暑に暴露する野生の草木の丈夫なるに若かざるなり今華族は深宮の〓に育
ち世襲の財産を有して何の心配もなく家政の始末、一身の進退までも人の智慧を借用して
自分は只起居眠食の勞あるのみ親しく娑婆の風に當られることなれば心身の壯健は到底望
む可らず或は新華族の中には身自から内外の事に當りて才智逞しく身體〓〓の者もある可
しと雖も是れとても次第に軟化す可きは明白にして御前、奥樣、若樣、姫樣など崇められ
て殿樣流の生活する間に何時しか眞の殿樣と爲り傳へて子の代と爲り孫の世と爲れば恰も
大名公卿の〓〓と同樣の運命に陷戈きは疑ふ可らず左れば心身の優劣より云へば華族は社
會の下流に位す可きものにして一〓の裝飾としては兎も角も實用を主とする政治上に於て
は重きを置く可らざる筈なるに然るに特別の〓權を與へて政治上の大機關を運轉せしめん
とするは〓〓の甚だしきものなり今世の人は見て以て常と爲せども〓〓子孫は必ず其無稽
に驚くことならん而して多額納税者も亦一種の殿樣にして智識才能の點より見れば寧ろ劣
等の〓続たるを免れず優長に成育して無爲徒食何の心配もなきは華族と同樣にして今後時
勢大に變じて其安眠を〓さゝるに至れば兎も角も然らざる以上は特に抽でゝ立法の大任を
託するに足らず論より證據彼等は獨立獨行少しも憚る所なき身分なるに拘はらず議會開設
〓〓曾て大議論を吐き〓〓〓を畫したることあるを〓かず只雷同附和して賛否の數に加は
るのみ獨り恃む可きは勅選議員なれども是れとても實際左まで望を〓するに足らず其中に
は學識ある者〓は功勞〓る〓〓〓〓んかな〓ども何分にも官臭を〓〓〓〓〓々の〓〓〓て
〓立獨〓の〓〓〓〓ず國家に〓〓〓〓〓とは〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓云ふも政府の〓
〓に奉職〓〓〓〓〓として〓〓〓〓〓〓人々のみ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓可きもの〓して其
氣品甚だ高からず只有權者の意思に隨て進退する其事實は院の歴史に徴して明なり一々吟
味し來れば貴族院の分子は凡そ斯の如きものにして之に向て多を望む可らず或は其智德の
高低を衆議院に比すれば寧ろ勝るを見るとの説もあらんかなれども衆議院議員は全國一般
より選擧するものにして事の性質に於て最も適任の人物を得べき筈なり若しも實際に不能
の人多しとせば是れ國民の智德未だ進歩せざるの證にして文化の進むに隨て次第に有爲の
人を得べきは疑ふ可らずと雖も貴族院の方は然らず主として其種族は本來の性質に於て堕
落し易きものなれば假令ひ今日に於て其中に有爲の人ありとするも以て將來の望を屬する
に足らず况んや現在に於て既に聞く可き言論なきに於てをや衆議院の方は例も傍聽人山を
爲すに反して貴族院の方は殆んど顧みるものなし自から輕重の別あるを知る可し左れば貴
族院は無用の長物なるかと云ふに亦必ずしも然らず時としては徒に議事の進行を害して有
用の案を沒却するが如き不都合なきに非ざれども又時としては衆院の輕卒を制するの利も
なきに非ず今俄に廢止を主張するは早計なれども有爲の分子を注入するの工風は肝要なり
として扨その方法を如何す可きやと云ふに先づ人を採るの區域を擴む可し例へば勅選議員
の如き單に政府に忠義なる人のみを選まずして廣く人材を世間に求め假令ひ當路者に反對
の意向を有するものにても學者として又有功者として頼もしき者は之を採るのみならず多
額納税議員の互選も僅に十五人と限らず一層其人數を增して五十人と爲し又百人とせば自
から活溌有為の人を得べし特に華族議員に付ては大に門戸を開かざる可らず戰爭後有爵者
の數は餘程增加して中には當世の事に堪ふるものなきに非ざれども此特典を授けらるゝも
のは何れも政府の役人のみにして其以外に及ばず官吏の内には別に是れと云ふ功勞もなく
一寸外國に使し若しくは外人と應對したるぐらゐの事にて爵位を授けらるものあり甚だ無
造作なるに反して民間の人々には吝んで與へず恰も一種族の專有に歸せしめんとするが如
きは其意を得ず啻に官吏に限らざるのみか官にても民にても苟も人に勝れたる功勞あり又
學問技術に通じて多少世を益したるものには颯々と之を授けて平々凡々たる尋常人に非ざ
る以上は總て之を〓族として今日の如く華族とは身心不健全の種族を意味するに非ずして
眞實國民中優等の人種たらしむ可し斯の如くすれば貴族院の議員に人材を得て陰議も自か
ら重かる可し今日のまゝにては何分にも滿足するを得ず改革は已むを得ざる事として我輩
の敢て斷行を促す〓なり