「外交の運動費」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「外交の運動費」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米國の雜誌ネーシヨンの巴理通信に據れば土耳其政府は近頃十七種の佛國新聞紙に保護金を與へて其外交政略を助けしめたり同國の新聞紙中には彼のアルメニヤの虐殺事件を以て單に風説に過ぎずとして公衆を瞞着したるもの少なからずと云ふ抑も土耳其は半死半生の國にして腐敗を極むるものなり其財政の如きは不如意至極にして借財は返濟するを得ず兵士の給料をも支拂ひ兼ぬる始末なるに尚ほ外交を怠らずして苦しき内より錢を奮發して歐洲の輿論を動さんとする其心掛や殊勝と云ふ可し我輩は今直に土耳其の筆法を其まま學ぶ可しと云ふには非ざれども我外交の前途を按じて此種の運動の甚だ大切なるを感ずるものなり日本は元來平和を愛するものにして其先年支那と戰ひたるは屡屡彼國の爲めに辱められ且つ朝鮮は將に獨立を失ふて我立國の基礎を危うせんとしたるが故に萬已むを得ずして兵を動かしたるのみ自衛の外に他意なきは明白なれども此一擧以來歐米人の我に對する思想全く一變して是迄は只愛す可き一少年として遇したるに今は或は油斷のならぬ國として自から警戒し或は嫉妬の情を催して我進路を遮らんとするものなきに非ず米國の商工業は行く行く日本の爲めに壓倒せらる可しなど稱して物論喧しき間に遂に彼の關税改正案を見るに至りしは自から排日主義に出でたるものと云はざるを得ず又近頃布哇の政治家が頻りに日本の野心を吹聽して遂に我移民を拒絶したるは或は合併の口實に供したるの意味なきに非ざれども亦多少疑惧心に驅られたるの情なきにしも非ず其他米布の合併と云ひ濠洲の日本人排斥熱と云ひ朝鮮に於ける不如意と云ひ何れも我外交前途の困難を示すものに非ざるはなし當局者に於て活溌機敏の運動を要するは勿論にして國民も亦費用を惜まずして其運動を自由にするの覺悟なかる可らず盖し外交とは即ち世界の政略にして種種樣樣に利害の入亂れたる其間に立て虚虚實實縱横の策を盡して以て我目的を達せんとするものなれば事の困難は云ふまでもなきことにして唯表面に於て正正堂堂是非を論爭するに止まらず裡面に廻はりて竊に隱微の運動を試み表裡相應じて成功を期せざる可らず即ち機密費を要する所以にして内の政治に於ても議員の運動、〓〓の〓〓、〓〓、築港の〓〓等何れも少なからぬ運動費を要するの例にして若しも議員ならんと欲するものにして單に口舌に訴へ我〓〓は是にして反對派の政見は非なりなど論辯するのみにて目的を達し得べしとせば心得違と云はざる可らず幾千圓の選擧入費は〓〓〓〓の運動に費さるるものにして〓〓は多く其〓〓に依るものなり左れば外交上〓〓〓〓内密運動の必要なるは明白にして平生能く外國の事情を探索し若しも我に不利益なる事件の起らんとすることあれば豫め之に備ふるは勿論、事既に發したる後に於ても單に四角張たる議論を唱ふるに止まらず〓〓土耳其帝の政〓〓〓ひて〓に〓合よ〓〓〓を喚起す〓に〓め〓る可〓〓〓〓〓〓の曾紀澤が〓〓〓公使たりしとき〓佛の〓に〓〓〓〓の艦隊は〓州〓砲撃し〓〓〓隊を撃沈し〓頻に武威を張る其間に曾〓は内内佛國の政治界に運動し議員をして軍費の支出を拒ましめたる爲め戰爭も自から中止と爲りしと云ふ支那の爲めには非常の幸福にして我に於ても學ぶ所なかる可らず彼の布哇事件の如き今は容易ならぬ問題と爲りたれども若しも機密費に乏しからずして事の未だ發せざるに先ち機敏に運動して布哇政治家の歡心を求めたらんには或は豫防の道もありしことなる可し又米の關税問題と云ひ合併條約と云ひ事、發表の後に於ても若しも曾紀澤の筆法に依らば別に施す可き手段なきに非ずと雖も何分にも費用乏しくして活溌に運動すること能はずとは遺憾と云ふ可し特に朝鮮の如き國■(てへん+「丙」)に對しては變則の手段こそ大切なれ四角四面の理屈を唱へて京釜鐵道は我に許す可き筈なりとか木浦南浦は速に開かざる可らざるとか唯玄關より談判するのみにては糠に釘、何事も容易に埒明かざれども一旦裏口に廻はりて懇談密話でば意の如くなるもの多かる可し然るに我國從來の外交を見るに曾て此種の手段に心を勞したることなく何か事起れば起りし後に聞知して其始末に困却するのみ國民も亦見て以て常と爲し大に費用を授けて其運動を自由ならしめんと欲するの意なきが如し外務省の機密費は僅に八萬圓に過ぎず以て何事も爲すに足らざるは明白なり新に公使領事を置て外交機關を擴張するは必要なれども其外交官をして活溌に運動せしむるは更らに必要なり碌碌交際も出來ず又駐在國の事情を探ることも叶はず徒に館内に蟄居して天下の事は新聞紙に依て始めて之を知り知て後も別に手段を講ずること能はざる樣の次第にては迚も前途に横はる幾多の障害を切拔けるを得ず戰後俄に困難を増したるは財政に非ず軍備にも非ずして實に外交なり當局者も國民も共に全力を擧て此一事に注がざる可らず我輩の切に勸告する所なり