「明年度の豫算」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「明年度の豫算」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

來年度の豫算は何程の高に達す可きや未だ明白ならざれども遞信文部を始めとして外務、内務、農商務等孰れも多少業務を擴張する見込のよしにて其要求額を合すれば凡そ四千萬圓も増加す可しと云ふ當局者は果して此要求を容るるや否や本年度の豫算すら既に少なからぬ金高にして歳入不足を告げ償金公債等にて漸く遣繰りしたる程の次第なれば此上四千萬圓の増加に應ずるは容易ならぬ事なれども然れども其費用にして眞實國の進歩に必要とあれば漫に削除す可きに非ず財政は豐ならずと云ふと雖も國民は貧乏に非ず増税に堪ふるの餘力あるは明白なれば問題はただ事の性質如何に在りとして扨その要求の當否を案ずるに大體に於て目下の急務に屬するもの多きが如し増費の最も大なるものは遞信省にして運輸交通の機關を改良又は擴張せんと欲するなり毎度記す如く同省管下の事業は不始末至極にして一も滿足す可きものなし鐵道は至る所貨物澁滯して苦情多く郵便電信は遲延勝ちにて其不便云ふ可らず電話は千人の客に十人前の膳部を用意したるが如くにして總ての人が何時食事に有付くを得べきや知る可らず要するに一切の規模狹小にして世の需用に應ずる能はず主客共に煩悶するものなれば其擴張改良は急務中の急なり細目を吟味すれば自から取捨す可き費目もある可しと雖も大體に於ては何人も異議ある可らず次に要求の大に増加したるは文部省にして教育の機關を整備し全國の師範學校、小學校并に實業學校を保護する目的なりと云ふ近年各地とも小學生徒の増加は著しき事實にして教員の不足も數に於て明白なれども市町村會も府縣會も費用を惜で思ふ存分に擴張せず大切なる普通教育も遺憾の點少なからず即ち文部省が補助を思ひ立ちたる所以なる可し自から一理なきに非ざれども〓力の人民决して貧乏に非ず就學生の増加は一方に生計の餘有を生じたると共に他の一方に於て教育の必要を悟りたるに由るものにして國庫より補助せざれば果して其完備を望む可らざるや否や疑問なれども戰爭後商工業の發達は實に豫想外にして學校出身の人物を要すること甚だ急なり何程養成しても引足らざる有樣にして隨て出づれば隨て採用し教員までも引出さるるほどの始末なれば大學校を始め文部直轄の諸學校とも大に擴張の必要ある可し經費の増加は免れざるの數なり内務省の部内に於ても多少地方費の増加は必要なるのみか彼の監獄費の如き何時までも地方の負擔に任ず可きに非ず速に國庫支辨に移して大に獄制を改良すること目下の急務なる可し府縣に於ては何れ遠からず國庫の負擔に歸するものとして只管その費用を節するのみなるが故に毫も改良する能はずして獄舍は恰も惡人養成所の如し世安の爲めにも國家經濟の爲めにも默視す可きに非ざるなり其他外務省の外交機關〓〓の如き又其機密費増加の如き何れも必要の費用にして外交の前途〓〓すれば毫も惜むに足らざるなり之を要するに今は〓〓〓〓の時に非ず國税〓〓膨脹して〓〓の〓〓に〓〓〓〓ずる其趣は恰も貧乏人が立身して是迄の裏店住ひに堪へざるが如し錢なければ窮窟不便も餘儀なき次第なれども嚢中既に餘裕あるに強ひて粗衣粗食して身の健康を害し家門の繁昌を妨ぐるは智者の事に非ず來年度の豫算を査定するに當り徒に消極主義を取るは我輩の喜ばざる所なれども然れども又その力量を測らず要求に任せて實際用ふること能はざる經費を與ふるが如きは財政上容す可らざる事なり豫算の金額と實際の入用とを符合せしむるは豫算編成の巧なるものにして不足を生ずるも剩餘を見るも共に理財の拙なるものと云ふ可し金錢は費して始めて用を爲すものにして金庫の内に封じ置けば瓦礫に異ならず來年は何程の金を要す可しとて其れだけの錢を用意しながら實際用ふること能はざるは恰も有用の財を殺すものにして不經濟至極と云はざる可らず政府の歳計を見るに年年莫大の剩餘を生ずるの例にして二十九年度の如きは四五千萬圓の殘餘を見る可く本年度も亦或は同樣なる可しと云ふ是れには自から事情の存することにて強ち當局者を咎む可らず物價騰貴の爲め材料を購ふに困難少なからざるのみか世間商工業の繁昌に連れて人を得ること用意ならず隨て事業も進まずして此に豫算の狂ひを生じたることなれども二億に足らざる歳計の内四五千萬圓の過金とは如何にも法外千萬にして世界に珍しき事例なる可し特に急要事業なる電話擴張、鐵道改良費の如き六百何十萬の豫算額中實際費す所は僅に二百萬圓内外に過ぎざる可しとは驚き入たる次第にして假令ひ事業は困難なるにもせよ當局者に於て全く責なしとは云ふ可らず必要の事業に錢を惜むは愚なり歳入不足ならば租税を取て差支なしと雖も同時に篤と當局者の腕前を察し餘分の金を與えて失體不經濟に陷るなからんこと我輩の切に望む所なり