「營業税の改正」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「營業税の改正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新に租税を課する塲合に納税者の間に多少の反對あるは到底免かるる能はざる所なれども營業税の如く全國到る所に攻撃の聲を聞くは税法に著しき闕點あるが爲めに外ならず或は其全廢を唱ふる者もあれども今日の財政事情に徴して租税の廢止は容易に口にす可らず我輩の所見を以てすれば現行の税法こそ種種の不都合あれども相當の改正を加ふれば今後有望の財源と爲すに難からざる可しと信ずるものなり抑も政府が營業税より收む可き金額は七百五十四萬九千圓にして我國に於ける商工業進歩の程度より云へば斯る税額の負擔に困難なる筈はあらざるに實際に今日の如き非常の反對を來したる其原因は要するに課税標凖の選擇當を得ざるが爲なるは世人の明に認むる所にして此一點は政府と雖も辯解の辭なかる可し然らば如何なる方法に於て課税せば可なるやと云ふに試に我輩の所見を述べんに元來營業税の主旨は商工業家が營業に由て得る所の收入を算定し其資力如何に應じて相應の税を課するに在り課税標凖は詰り納税者の收入を算定する方便に過ぎざれば納税者の收入にして明白なる塲合には課税標凖を設けて收入を推算するが如き手數を用ひず直接に收入に課税して差支なきものなり左れば會社組織の營業の如く其資本金額は勿論收入の高も容易に知り易きものは殊更に煩雑なる課税標凖を用ふるの必要なきこと明白なれば爰に税法改正の一着手として營業税を分つて個人營業税と會社營業税の二種となし會社には其組織の如何を問はず凡て資本に對する純收益金總額の内より普通配當金を控除し殘額の幾分(例へば百分の十又は十五)を政府に徴收することとせば事最も簡單にして税金を徴收するに難からざる可し最近の調査に依るに我國諸會社の拂込資本金は總計四億五千萬圓にして之に對する純益金を假りに平均一割に當るとすれば其額は四千五百萬圓なり此内普通配當金を假りに五分と定めて即ち二千二百五十萬圓を引去り殘餘の二千二百五十萬圓の内政府に於て其百分の十を徴收するとせば收入は二百廿五萬圓に達す可し此は營業税の名を以て會社の資本收益に課税せんとする者にして今後會社事業の次第に盛大なるに隨ひ純益は次第に増加して收入の豐なるを得べし現行の税法にて會社は其業の種類に從ひ種種煩雑なる標凖に依て課税せられ非常の迷惑を被むる者多きに拘らず政府の得る所は百萬圓以内に過ぎざる可しと云ふ他に簡略の徴收法あり乍ら之を差置き強ひて現行の如き不都合の方法を守の理由はある可らず速に改正を加へて資本收益税と爲すこそ得策なる可し會社の營業税は此の如く改正する者として扨個人の營業税は如何す可きや現行の税法にて政府は個人より六百四十五萬圓餘の税金を徴收するの豫算なるよし方法にして宜しきを得れば別段の苦情なくして徴收するを得べしと雖も個人の營業は會社の營業と異なり收入の〓〓を知ること容易ならざるが故に勢課税標凖を用ひて之を推算せざる可らず現行の税法にて資本金額賣上金額從業者〓物〓〓價格等を課税標凖に充てたる其主意は成る可く多數の標凖を用ひて種種の營業に課税の公平を保つの考に出たるものならんなれども其實施の結果に就て見れば餘り多くの標凖を選びたるが爲めに却て税法の煩雑を招きたるのみならず標凖の選定も亦その宜しきを得ざりしが爲めに納税者が屆出を爲すに當て事實を枉ぐるの餘地あり又收税吏に於ても之を不當と認むれば勝手に推定するの餘地ありて標凖は專ら當事業の解釋如何に依て自由に左右せらるるが如き奇觀を呈したるこそ今日の如き紛議を招ぎたる原因なれば當局者は之に鑑み税法改正の方針として營業者の收入を表示するに最も適當にして成る可く簡略なる課税標凖を選ぶは勿論其標凖は一目瞭然當事者の間に爭議の原因とならざるものを採るこそ肝要なれ佛蘭西墺太利普魯西其他の諸國に於て營業税の滑に實施せるる所以は全く此一點に依るものなり左れば我國に於ても個人の營業に課税するに就ては固く此原則を守り先づ營業の業體に從て營業者を類別し一類毎に其營業地區に於ける人口の多寡に應じて等級を定め其等級に凖じて課税することとせば營業の收入は營業地區の繁否盛衰に依て定まるを以て能く營業の收入を表示するを得るのみならず營業の分類にして當を得れば至極簡單の税法たるを失はざる可し或は或種の製造業の收入の如き單に營業地區のみならず器械の多少使用人の多寡等も之に影響する所ありとすれば時宜に依りては佛蘭西營業税法の例に倣ひ建物の賃貸價格をも一種の課税標凖として當局者參考の資となすも可なり要するに税法の精神は其標凖を明確ならしむるの一事に在りとして其方針に從て完全の法を制定するは當局者の責任にして我輩は只その大體を示すに止まるのみ盖し營業税の徴收に就て納税者と收税吏との間に非常の紛議を釀したるは收税吏が殊更らに法文を曲解し又は過度に納税者に檢査推問を加へたる爲めもあらん又納税者が故意に脱税を計りたるもあらんなれども是等は事の末にして弊害の源たる税法の欠點にして改まらば營業税は自から今後の好財源たるを失はざる可し我輩が改正の必要を主張する所以なり