「臺灣の事唯英斷を待つ」
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時事新報に掲載された「臺灣の事唯英斷を待つ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
臺灣の事唯英斷を待つ
我輩が臺灣の失政を示して其改革を促したるは一再に止まらず當局者に於ても自から捨置き難しと感じたるか昨今何か相談中のよしなれども聞く所に據れば目覺しき英斷は迚も見る可らず唯僅に民政局と軍務局とを廢して其局長の代りに夫れ夫れ事務長とか參謀長とか稱す可きものを置くに過ぎざる可しと云ふ果して然らんには改革は眞に名のみにして見るに足らず元來新領地の不始末は其原因一にして足らざれども主として總督に權力なく其頭上に邪魔物ありて運動自由ならざるが爲めにして有力者と雖も如何ともす可らず况んや然らざるものをや左れば其面目を一新せんには先づ拓殖務省を廢して總督に全權を委任し國中第一流の元老を擧て之に任ずると共に文明流の俊才を擧で次官と爲し以て實際の事務を料理せしむるの外に策ある可らず尚ほ詳しく云へば今の仕組にては總督は恰も一屬僚に過ぎずして第一、有力者は其任に當るを好まず以下の面々も安じて事務に勉強する能はず何れも一時の腰掛として只管一身の計に汲々たるが故に自から醜態百出することなれども今若し總督の身分を重くして恰も藩王の如くならしめなば功名心に驅られて第一流の政治家も喜んで其任に當ると共に次官以下大小の官吏にも自から其人を得て着々功を奏す可し事理明白疑を容れざる所なるに政府は何故に姑息の改革に滿足せんと欲するか是れも亦例の情實談に窮して心の中には利害の存する所を知りながら敢て斷ずるの勇なきものならん果して然らんには戰勝唯一の紀念物を以て區々たる情實の犠牲に供するものにして斷じて容る可らず或は當局者に於て今後大に勉強して必ず治績を擧ぐ可しと云はんか我輩に於ては其言を信ずる能はず是迄とても敢て怠りしに非ず相應に注意もし又奮發もしたることならんに然るに今日の不始末を免れざりしを見れば今後大に勉強したればとて格別の効能なきは分り切たることなり現に昨今の始末を見ても將來の成行は大抵察するに難からず失政の罪を民政局長に歸しながら是を拓殖務次官に榮轉せしめんとしたるは第一の不思議にして一度は衆議院書記官長を民政局長の後任と決したるに總督の異論に依て忽ち前議を飜へし更らに書記官長を次官に任ずると共に局長を罷免して民政局を廢せんとするが如きは飄々として一も定見なきを示すものにして其他臺灣の經費を減じては揩ｵ學務部を廢せんとしては又存するなど俗言これを評すれば狐を馬に乘せたるが如くにして大政府の威嚴とは認め難し左れば前述の如く其組織を根本より改正して當局に大人物を得るに非ざれば到底確信の望なきは明白にして正に内閣の英斷を要する所なるに尚ほ優柔不斷とあれば我輩は最早や政府を相手とせず不本意ながら轉じて他に向て大に求むる所なきを得ず失政の著しきものあれば議會〓〓〓の監督者として内閣の信任を問ふ可き筈にして〓〓も既にこの手段を取り選擧干渉、官紀云々など唱へて些少の事にも喧しく爭ふたる例もあり今臺灣は初めて得たる新領地にして其治績の擧否は帝國の面目に關すること甚だ大なり特に各國は嫉妬の目を以て環視することなればいよいよ統御の法を誤るに於ては或は意外の故障を見るに至るやも知る可らず然るに其不始末は言語道斷、總督府の膝下に於てすら生命財産の安全を得ず甚だしきは官吏の中に強盗罪を犯すものあり詐欺取財収賄等の犯罪者嫌疑者は續々輩出して其醜體の眞面目を記すは筆紙の穢として爰に之を略する程の次第なり若しも選擧干渉や一二官吏の不品行を以て内閣を彈劾するの價ありとすれば臺灣の不始末に付ては更らに大聲疾呼して當路者の信任を問ふの價ある可し自由黨は今や政府の反對に立て其施政を非難するものなり啻に自由黨のみならず進歩黨も亦黙々の塲合に非ず彼等の自から揚言する所に據れば進歩黨は政府の擧動を監視するものにして當局者の政策と雖も平生の意見に違ふものあれば無論非難するに躊躇せざる可しと云ふ果して然らば臺灣の不始末の如き固より不問に附するを得ず如何に詭辨を弄するも眼前の黒白を誣ること能はざるのみか現に進歩黨の機關新聞にして不始末の次第を縷々掲載するものあり左れば臺灣問題は當局者に於て早く自から始末するに非ずんば次の議會に於て内閣死活の問題と爲るは明白にして我輩の氣の毒に思ふ所なれども因循姑息の結果誠に止むを得ざるなり若しも其時に及で狼狽の失體なからんと欲せば只速に英斷を斷ず可きのみ