「教育社會の自尊排外熱」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「教育社會の自尊排外熱」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

教育社會の自尊排外熱

自から中華と稱して他を卑むは支那の病源にして内、文明の澤に浴する能はず外、侮を受けて國歩の困難を感ずるなど種々の難症續發するは之が爲めのみ日本は固より支那と日を同うして論ず可らず鎖國の夢は夙に覺めて文明の進歩駸々たりと雖も細に吟味すれば尚ほ自尊守舊の臭味を脱する能はずして陰然開明主義に反抗せんとするもの少なからず啻に老輩の間に於て然るのみならず未來の國民を作る可き教育社會に於ても亦この氣風の盛なるを見るは我輩の深く歎息する所なり上は大學より下は小學校に至るまで國粹熱に犯され居るは明白なる事實にして試に學生の語氣を察するに恰も日本は神洲にして其國體は世界に冠たり山水は秀靈にして人民も亦一種特別の種族なりと迷信して得々たるものゝ如し或は日本男子、日本魂など云々して過般の戰爭に支那に打勝ちしも西洋文明の力に由るものとは思はず道コを語れば即ち仁義忠孝にして外に尊む可き道なきが如く耶蘇教を蛇蝎視すると共に國粹主義の新聞雑誌を愛讀し學校の教科書も多くは漢儒者又は皇學者流の言行録に非ざれば其文章を飜譯し若しくは少しく修正したるものなり其他文部の局に當る者も漢儒者流の末類なれば自から評判宜しきに反して一朝西洋主義の人物が任に當ることあれば内外の非難喧しくして其地位に安んずること能はざるが如き明に教育社會に保守排外の氣風盛なるを見る可し東洋流の古風以て國を守るに足らざるは既に既に明白にして支那朝鮮と伍を爲したる日本が兎も角も世界強國の一にまで進歩したるは鋭意西洋の文明を輸入したるが爲めなるに然るに將來日本の運命を支配す可き少年をして自尊排外の舊夢を貪らしめんとするは何事ぞや日本の文明は近來進歩したりと云ふと雖も尚ほ西洋諸國に及ばざること遠し假令ひ全速力を以て一直線に猛進するも何時彼等に追付く可きか殆んど望洋の歎なき能はざるに狐疑躊躇とは奇怪千萬解す可らざるのみか我は東洋の片田舎に位して人種を異にし宗教を異にするが故に動もすれば列國より疎外せられて非常の迷惑を感ずること少なからず目前の事實に徴しても明白なれば苟も支那朝鮮の共に語るに足らざるを悟りたる上は進んで西洋と方向を共にし思想、感情、風俗、習慣等一切彼等に同化して是非とも其仲間に入らざる可らず然るに我れ自から門戸を窮屈にして排外の意を示すに於ては左なきだに我を喜ばざる諸外國はいよいよ擯斥して到る所衝突し恰も八方塞りの窮境に陥る可きは明白なり憂國者の大に心配する所なるに文明の播種者たる可き教育者が固陋の輩と所見を同うして却て支那流の思想を養ふに汲々なりとは何事ぞや返へす返へすも痛歎に堪へざるなり現任の支那當局者は如何なる種類の人か我輩の知らざる所なれども現在其配下に鎖國的氣風の盛なるを見ながら敢て一掃せざるは勇なきか然らずんば同臭味の者と認めざるを得ず支那の病源は中華自大の妄想に存し日本の進歩に百般の障碍を與ふるものは實に國粹論に在ることなれば老輩は致方なしとするも切めては新進の少年をして此病を免れしめざる可らざるに益々病毒を蔓延せしむるが如きは斷じて容す可らず我輩は切に其反省を促すものにして若しもいよいよ聞かざるに於ては一歩を進めて更らに文部省の廢止を主張せんと欲するものなり