「 政府の腐敗明に見る可し 」
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時事新報に掲載された「 政府の腐敗明に見る可し 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府の腐敗明に見る可し
目下増税の必要は何人も認る所にして政府の當局者と雖も＝々の私に其所見を問へば孰れも同意を表せざる外なしと云ふ事實明白、利害を談ずるの時に非ざるなり或は彼の伊太利などの如く内の税源は既に絞り盡して國に遺税なく人民の納税力殆んど枯槁して最早や一錢の負擔にも堪へざるの國情ならんには増税は固より行ふ可らずと雖も現今日本の國力を見れば餘裕綽々納税力の充分なるは實際の事實にして疑を容る可らず何人も許す所にして只考ふ可きは此上更らに若干の重量を負擔せしめて適當なるやの一事のみなるに現に財政上の必要を眼前に控へながら一錢一厘の増税をも斷ずる能はずとは如何なる次第なりやと云ふに盖し當局者の恐るゝ所は議會の賛否にして若しも増税の案を提出しながら其同意を得る能はずとあれば政府の存亡に關する大事なれとて自から事の必要を認めながら决斷に躊躇することならん此一點よりすれば無理もなき次第にして自から知るの明ありと云ふ可し抑も租税の増加は國家の必要とは云ひながら納税者たる人民の身をして此を喜ぶものはある可らず人情の當に然る可き處にこそあれば其人民を代表する國會議員の輩に於ては納税力の強弱如何に拘はらずいよいよ増税に賛成するには自から理由の明白なるものなかる可らず戰後の經營に國費多端なりと云ふ、事實に相違なしと雖も其經營とは如何なる事にして如何に經費を要しつゝあるか實際に就て見れば其經營の責に當る政府は殆んど無爲に安んじて毫も事の實を擧げざるが如し軍費擴張の如きは素より經營中の大なるものにして兵營の建築と云ひ軍艦の製造と云ひ又これに伴ふ諸般の施設も既定の計畫に從て着々歩を進むることならんなれば自から事實に見るを得べしと雖も其他の必要なる事業に至りては曾て着手したることなきのみか實際に其計畫さへも定まらざるもの多しと云ふ如何なる心得ぞや戰後の經營とあれば軍備の擴張と共に國力の發達を謀るこそ大切なるに其發達を助くるに第一肝要なる運輸交通の事業は如何、電信の延着遲引は殆んど常を成して苦情百端のみならず商機一瞬を爭ふ商賣人の掛引などには之が爲めに非常の損失を蒙むることあるにも拘はらず曾て改良の實を見ず薹灣の電信の如き計畫、年を閲して漸く成功しながら規模の小なるが爲めに普通の私報を取扱ふ能はずと云ふ沙汰の限りと云ふ可し鐵道には複線の計畫あれども工事甚だ緩慢にして竣工容易ならず貨物は澁滞して山の如く堆積するも之を運ぶに道なし就て一の奇談こそあれ信州地方は元來米の産出少なく他より輸入を仰ぐの常なるが故に近來鐵道の不便を利して一種の投機を行ふものあり其方法は豫め米を買占め置き生絲の季節、運搬繁忙にして殆んど他の貨物の搭載を謝絶するの時に至り之を賣出すときは米穀缺乏の折柄、價格賣手の命ずるまゝにして非常の奇利を憶す可しと云ふ＝官＝＝＝の不始末は單に貨物の援載のみならず現電信越線路の如き乘客多數の折には乘車を謝絶す可しと公然停車塲に掲示して日々少なからざる乘客を謝絶する塲所ありと云ふ客車の數を増すか又は發車の度數を増すは容易の事なるに夫れさへも爲さずして乘客を謝絶するとは其緩慢驚く可し)私設鐵道の如き築造粗漏にして動もすれば危険の掛念を免かれざれども運輸の一點に於ては活潑敏捷その務を盡して怠らず官設鐵道殆んど顔色なしと云ふ可し又近く東京府下の電話の如き如何にして一般の需用に應ぜんとするの計畫なるや堪へ難き次第にこそあれ或は當局者に就て聞けば樣々の辯解もあるよしなれども要するに電信鐵道の如き實際收入の豊なるは事實にして一方に收むるものを一方に費すときは規模の擴張なり技手の雇入なり改良の効を擧るは甚だ容易なるに會計法の規定の爲めに然る能はずと云ふに過ぎず本來法の規定は不正を律するの趣旨に出でたるものなれば實際に不通とあれば其趣旨を傷けずして自から改正の工風なきに非ず自から金はありながら之を使はずして一般の不便不利益を看過し國運の發達を妨るも顧みずとは政府の無能たゞ驚くの外なきのみ又東京府下の道路の如き何たる始末ぞや市政の事は市會あり參事會員あり直接に政府の責に歸す可らざるが如くなれども抑も地方の政務を監督するものは中央政府の内務省に非ずや然るに彼の道路の始末を眼前に眺めながら其儘に抛棄せしむるは即ち監督の責を盡す能はざるものにして府下の道路の有樣は取りも直さず政府部内の腐敗醜態を映出したる寫眞鏡と見て間違なかる可し况んや薹灣の統治策に至りては實際無用の拓殖務省を廢して當局の総督に充分の權力を與へ運動を自由ならしむるの外に策なきは明白なるに事宜に由りては國家の利害榮辱にも關する此緊急事さへ决斷するを得ず單に三四輩の小吏を更迭せしめて之を改革など唱へ以て事を曖昧に付し去らんとす既に自から腐敗の本相を暴露したるものと認めざるを得ず凡そ是等の事實は取りも直さず政府の無爲無能を證するものにして現内閣創立以來殆ど一年、何事を爲したるか未だ一事の見る可きものなしと云ふも可なり若し之ありと云はゞ我輩は確に其事實を知らんとするものなり斯くの如き始末にして増税を行はんとす議會の賛成を得るの容易ならざるは無論、假令ひ議員の輩が進んで賛成せんとするも實際に賛成の理由なきを如何せん左れば當局者自身も自から増税の必要を認めざるに非ず否な其必要は銘々に唱ふる所なれども扨その實行の一段に至りては自家の腐敗失體を省みて到底他の同意を得ること能はざるを知るが故に公然提出の勇氣なく左ればとて此儘に黙するときは世間の譏りを免かれざるを恐れて暗に議會操縱の困難に託して其責任を他に嫁せんとするものゝ如し單に此一方より見れば自から弱點を知るの明あるが如くなれども其弱點とは畢竟自家部内の情實に眷戀して自から斷つ能はざるのみ婦女子の痴情と一般にして寧ろ憫笑に付す可しと雖も抑も國家と情實と孰れか重く孰れか輕き識者を待たずして明白なるに然るに今の當局者は自家の情實の爲めに國家の大事を後にして自から無爲無能に安んずるものなりと云ふ政府の腐敗明に見る可きなり