「 行政整理の實は如何 」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「 行政整理の實は如何 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

 行政整理の實は如何 

行政整理は政府自から宣言して既に委員さへも命じて着手したる處なるに今日に至るまで毫も結果の見る可きものなきは何ぞや我輩は今の政府に對して望む所のもの甚だ多しと雖も差當り部内の整理さへも付かざる始末にては如何なる注文も到底無益として斷念せざるを得ず增税の一事は實際の必要にして政府に於ても内々唱ふるものあるよしなれども部内の始末を今の儘に差置きながら一方に租税を增さんとす單に家計の不如意を云々して金談を申込むに異ならず誰れか容易に應ずるものあらんや抑も行政整理とは單に經費節减の目的に非ざる可し從來の不始末を整理して事の縮少す可きものは縮少すると同時に擴張す可きものは大に之を擴張し又老朽の老物は遠慮なく放逐して更らに新人物を登用する等、部内の全體を通じて面目を一新し能く統一の實を保ちながら澁滯の弊を根除するの精神ならんなれば或は却て經費の增加を見ることもある可し殊に近來物價騰貴の結果として官吏の俸給は恰も實際に削减せられたる姿を成し下級の輩には差當り生活に苦しむものさへ多ければ其增額も目下の必要にして旁々以て經費の增加は免かる可らず果して實際に整理の效を收めて從前に比して著しき成績あらんには其增加も實際止むを得ざる次第にして世間に於ても之を認むることならんなれども今日の有樣は果して如何、政府が最初行政整理を公言して委員さへも命じたるは自から不始末の實を認めて之を始末するの决心に出でたるや疑ふ可らざる所なるに委員の任命以來殆んど一年を經過して尚ほ事の端緒さへも見ざるは自から不始末の實を認めながら自から始末すること能はざると自白するものなり何ぞ其無力なるや政府果して無力にして自から宣言の約束を履む能はずとあれば夫れにて差支なけれども其無力政府が單に約束を履まざるのみならず自から不始末の實を演じいよいよ部内の統一を紊るに至りては大に驚かざるを得ざるなり政府が過般農商務省の官制を改正して省内の局を增置し又その局長の地位を進めて勅任と爲したるが如き實際何等の必要に出でたるものなるや或は其增局は事務擴張の爲めにして局長の地位を進めたるは人物登用の爲めなりと云はんかなれども從來の商工局を分て更に商務工務の二局と爲し又農務局の外に更らに水産局を置きたるが如き果して擴張の必要よりとならば其局長の如きも自から精選して適當の人物を用ふると同時に着々事の實を擧ぐ可き筈なるに實際は只從來の人物を進めて局に當らしめたるのみにして毫も擴張の實を認めざるが如し事實の必要もなきに官吏の地位を進むるときは同地位の同輩も他に傚ふて昇進を望むは自然の情にして之を制すること甚だ難からざるを得ず左れば其後内務省にても官制を改め局を增置して局長の地位を進め又今回逓信省にても同樣の改正を行ひ鐵道局と作業局とを分ちながら局長は同一の人物をして兼任せしめたるが如き如何なる必要に出でたるものか其理由は殆んど解す可らず==の改正に相違なけれども畢竟部内の情實止むを得ず農商務の顰に傚ふたるものにして其他の各省に於ても續々是種の改正を見ることならん又勅任參事官の如き果して實際の必要とあらば疾くに其任命ある可き筈なるに官制の改正以來既に久しき今日に尚ほ定まらずとは如何なる次第なるや政務の擴張實際に止む可らずと雖も毫も整理の實を擧げざるのみか各省恰も先を爭ふて官制の改正に從事する其改正の結果は單に局を增置して官吏の地位を進むるのみに過ぎずと云ふ政府統一の實果して何くに存するや恰も小兒の背較べと一般の戲を演じながら是れが行政整理の實なりと云はんには我輩は只驚くの外なきのみ小兒の戲も時宜に由りては恕す可しと雖も今の政府は所謂戰後經營の局に當り眼前に增税の必要を感じて正に决斷の矢先きに當りながら一方に斯る始末を演じて部内不始末の醜態を現はすに於ては假令ひ大に决斷して增税案を提出するも議會の通過は容易ならざる可し否な其通過の容易ならざるのみならず議會は更らに其不始末を云々して政府の信任を問ふに至るやも知る可らず聞く所に據れば當局者等は昨今頻りに奔走して何か事を議する樣子なりと云ふ盖し議會開會の期日次第に切迫するが故に遽に心付きて狼狽することならん平日は何事も抛擲してますます不始末を極めながら恰も幽霊の影を見て狼狽とは驚入たる次第ならずや一家の主人たるものが家内の始末、雇人の取締りさへも出來ずして散々の不體裁を盡くしながら歳暮に至りて遽に心付き家計の不如意を云々して金談を申込まんとするが如き沙汰の限りなれども其不始末は既に過去の談にして今更ら取返しは付く可らず只速に改心して片時も早く整理の實を擧げ其次第を明白に打明けて折入て頼入るの外なきのみ