「勸業銀行の營業」
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時事新報に掲載された「勸業銀行の營業」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
勸業銀行の營業
勸業銀行はいよいよ本月より營業を始めたり其成績の如何は未だ知る能はざれども今後次第に業務の進むに從ひ果して設立の目的を達し世人の希望を空うせざるを得べきや否なやと云ふに我輩は其成効に就て大に疑なきを得ざるなり當局者の説に據るに從來各地方に於て不動産抵當貸の高利なるは全く農工業家が普通の銀行に資金の融通を求むるが爲めに外ならざれば此不便を除かんには政府保護の下に長期低利にして然かも年賦償還の方法を以て返濟し得べき資金を供せざる可らず此機關にして具はらば不動産抵當貸の利子は自から下落し農工業の改良發達に著しき効能ある可し即ち同銀行設立の精神は此點に外ならずと云へども抑も從來不動産抵當貸に高利なるは要するに不動産が抵當物として甚だ危險なるが爲めにして勸業銀行が之を抵當にするも其危險に異なる所はなかる可し即ち同銀行が耕地鑛山森林工塲等を抵當に取る塲合には其價格を評定するに非常の困難あるのみならず手數と費用を要することも決して少々ならざる其上に一旦流込となりたる曉には容易に他に賣却する能はず其間は銀行の資本を割て維持の費用に供さゞる可らず公債株式の如き確實なる有價證券の抵當とは全く事情を異にするが故に豫め是等の危險に備へんが爲めには自から高利の貸付も巳むを得ざる所なるに斯る危險の抵當物を以て低利の貸付を爲さんとするは全く國庫の補助と債券發行との特典あるが爲めなれども若しも其補助にして不充分なるか又は債券の發行にして不滿足の結果あらんには低利の貸付は到底許さゞる所と覺悟せざる可らず思ふに債券の發行は低利に資本を集むる唯一の方法にして政府に於ては殊に此事に重を置き資本金四分の一以上の拂込あれば拂込金額十倍の債券を發行するの特典を與へたる其上に應募者の投機心を促がして其發行を容易ならしめんが爲めに毎年二回以上抽籤にて償還し其償還には割搴烽付するを得ることとせり自から富籤類似の〓にして甚だ巧妙なるに似たれども政府が斯くまで苦心したる債券は果して好結果を得べきやと云ふに西洋諸國にては勸業債券と云へば世間に安全なる放資法と認られて之を購ふもの多く自から一般人民の貯蓄金を〓收するの便利ある由なれども事情の異なる我國に於て發行上に斯る便利を見るは甚だ覺束なきのみならず目下經濟社會の状態を顧みるに一昨年來物價は著しく騰貴し貿易は平均を失し金利は次第に昇騰して金融〓〓殆んど際限なし其原因は政府の財政計畫、歩を進むるに從ひ通貨を膨脹せしめたるが爲めにして今後と〓も財政の方針にして改まらざる限り經濟社會の復舊は容易に見る可らず或は多少金融の〓〓を呈することあるも政府に於て今後募集す可き公債も少なからず〓〓〓〓五分以下の利子を以て債券を發行するは非〓〓〓〓〓る可し或は機を見て外國に賣出さば如何と〓〓もあれ〓も五分利〓〓〓〓す〓賣行の〓々しから〓〓今日、事業の〓〓〓〓〓〓せざる勸業銀行に外國人の〓〓〓〓〓か如きは〓空の〓と云はざるを得ず銀行が債券發行の特典を利用する能はずして低利に資本を得るの道なしとすれば從て低利の貸付を實行する能はざるは自然の勢いなる可し又政府の保證利子の如き配當金五分に達せざる時は之に達する迄の金額を補給すとありて勸業銀行の配當は如何なる塲合にも五分を下らざるが如くなれども補給の金額は拂込資本の百分の五を超過するを得ざる法律の制限あるを以て營業上に損得相償へば兎も角も多少損失あらんには配當は五分以下とならざるを得ざるが故に若しも銀行が其保證を頼みにして低利の貸付を行ふときは勢、株主の利益を殺ぐの結果を見る可し昨今各地方にては農工銀行設立の爲めに夫れ夫れ委員を命じて準備中のよしなれば追ひ追ひ同行の成立を見ことならんなれども其中央機關たる勸業銀行の營業にして實際右の如き成行もあらんには其餘資を以て農工銀行の債券を引受け中央機關の信用を以て地方機關の信用を援助するの目的も容易に行はれざることならん假りに一歩を讓り當局者の施設宜しきを得て債券發行の目的を達したりとするも營業の實際はなかなか困難にして或は抵當品の鑑定を誤り或は内實の身元不確實なる輩に貸付くる等の失策を演ずることはなかる可きか聞く所に據れば同銀行は營業の第一着手として農工業者の舊債償還を目的として貸付を行ふよしなれども如何にして其舊債の内にて實際農工業の改良に供せられたるものと然らざるものとを識別せんとするや遠き將來は兎も角も近き目前に斯る種々の難事あり前途の困難容易ならざる可し營業の當局者は如何なる妙算ありて設立の目的を全うせんとするか我輩の大に疑ふ所なり