「明年度の豫算」
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時事新報に掲載された「明年度の豫算」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
明年度の豫算
政府は昨今來年度の豫算に付て評議中なり聞く所に據れば内外の行政機關擴張の爲めに幾百萬圓の費用を增し航海奨勵の爲めにも少なからぬ金を要するのみならず臺灣の収入は豫想の半額にも達せず夫れ是れ合せて凡そ二千萬圓以上も不足するよしにて其不足を補はんが爲めに增税を斷ず可しとの議あると同時に是迄の經驗に據れば歳入は何時も豫算より多く歳出は年々殘餘を生ずるの例なれば別に租税を增さずとも實際二千萬圓の增額に應じて餘ある可しとの説もありと云ふ今例年の例を案ずるに經常臨時を併せて實際の収入、豫算額より增加の金額左の如し
二十四年度 一九、七一七、四六〇
二十五年度 一六、〇四九、〇七五
二十六年度 二五、七二四、〇七五
二十七年度 七、〇二六、八八九
二十八年度 七、二二七、七二一
五箇年平均 一〇、〇〇四、三四三
又各年度の殘金即ち豫定の事業を遂行すること能はずして翌年度に繰越したる金高并に實際不用に歸したる剰餘金は左の如し
事業未遂繰越高 豫算不用高
圓 圓
二十四年度 四、五八一、二〇〇 震災の爲め豫算不足
二十五年度 七、八六四、八七五 六、一四九、五一六
二十六年度 六、七四一、二一〇 四、六四一、六二八
二十七年度 六、〇六〇、三九七 一〇、六三一、〇九二
二十八年度 五、九三四、〇六九 七、二五五、五八二
五箇年平均 六、二三八、三五〇 六、九一九、五五四
即ち歳入の增加と二口の遣ひ殘り金とを合すれば五箇年平均の予算見積過剰高は二千三百十六萬二千二百四十七圓にして恐くは廿九年度も卅年度も同樣の結果を見ることならん現に廿九年度の如き事業費六千萬圓の内實際費し得たるは一千五百萬圓内外に過ぎずして此一口のみにても四千幾百萬圓の繰越高を見る可しと云ふ明年度の不足額、果して二千萬圓内外に止まらば實際增税の必要なきが如くなれども右にて急要なる總ての經費に應ずるに足るや否や疑なきを得ず一例を擧ぐれば逓信省に於ては電信擴張の計畫を立て其總經費を一千五百萬圓とし來年度の分を二百萬圓として其筋に要求したるに財政当局者は財源なしとて容易に應ずる色なしと云ふ曾ても記したる如く電信は國の血脈にして一般人事〓〓動、商工業の發達に密接の關係あるものなるに其規模狭小施設不完全にして世の需用に應ずるに足らず平常無事の日に於ても僅か數百哩の通信に八九時間を要すること少なからずして殆ど電信の用を爲さず一方には斯の如く急要の事業あり他の一方に於ては增税に依て歳入を增すこと容易なるに何を苦しんで財源なしとて其要求を斥けんとするか優柔不斷一時の安を偸むに非ずんば文明の事業を營むの腕前なきものと云はざるを得ず事業の擧らざるを責むれば經費の足らざるを如何せんと云ふ當局者の常文句なれども實際經費は何の年に於ても餘裕あらざることなし前表にも示したる如く明治二十四年以來豫定の事業を遂行する能はずして翌年度に繰越したる金額は年々四五百萬圓より七八百萬圓の間に在て二十九年度の如きは豫算額の三分一をも費すこと能はず果して然らば事業の進まざるは錢なきが爲めに非ずして當局者に經營の才なきか若しくは其職務を怠るに由るものと云はざるを得ず議會は此點より政府の信任を問ふも辨解の辭ある可らず尚ほ豫算の編成に就て一言せんに我歳出入は戰爭後二億五千萬圓に增加したれども夫迄は僅に一億に足らざる數にして誠に小さき世帯なれば豫算を決算との間に著しき狂ひを生ず可き筈なきに實際二千何百萬若しくは四五千萬圓の相違を見るは法外と云はざるを得ず歳入を以て歳出を償はざるが如き豫算は固より不可なりと雖も之に反して餘りに歳入を内輪に見積り又は入りもせぬ費用を要求して民間有用の金を徴収し空しく國庫に封じ込むは財政に拙なるものと云ふ可し來年度の豫算を編成するに當り若しも當局者に於て使ひ果すの覺悟あらば國家必要の經費は大膽に增加して增税を斷ずると共に不用の錢は一錢も取るなからんこと我輩の呉々も望む所なり