「逓信事業を獨立せしむ可し」
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時事新報に掲載された「逓信事業を獨立せしむ可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
逓信事業を獨立せしむ可し
明年度豫算の査定に付き逓信省要求の新事業費は一切削除せられたるよし電信郵便等改良擴張の計畫は又も延引の外なかる可し延引々々年又年堪へ難き次第にこそあれ聞く所に據れば逓信の當局者に於ては其削除に遇ふて策の出づる所を知らず責めては一部分の擴張だけにても目的を達せんとて其財源を求むるに國庫の支出は固より望む可きに非ざれば種々に苦心の末、辛うじて一の財源を見出したりと云ふ其財源とは多分今の郵便税に改正を加へ例へば一錢の葉書を一錢五厘、二錢の郵便税を三錢と爲す等、其割合を增加し一方に収入を得て一方の擴張費に供する積りならんと云ふ果して事實ならんには言語道斷の處置と云はざるを得ず電信郵便の改良擴張は目下の必要なれども金を授けずして事を擧げしめんとするは無理の注文なれ即ち我輩が兼々增税の斷行を促したる所以なるに必要の事業費さへも削除したるを見れば尚ほ斷行に躊躇することならん既に增税の決斷を得ずとなれば新事業は固より斷念の外なかる可し當然の次第なるに然るに一方には一錢の增税も爲し得ざるに拘はらず財源を郵便税の增加に求めんとす其增加の爲めに幾許の収入を得るや知る可らずと雖も斯る窮策に依頼して目的を達せんとするは恰も自から自身の肉を食ふと一般、俗に云ふ居食の實を行ふものなり今の郵税の割合は他に比較して特に高きに非ざれども重量の制限甚だ窮屈にして一分一厘の相違にても直に增税を課するが如き法の得たるものに非ず苟も改良とあれば事務の擴張と共に其邊の注意も肝要にして寧ろ其減額を謀るこそ至當なるに今や改良と稱して却て税額を增すが如きは改良に非ずして退歩と認めざるを得ず我輩の斷じて取らざる所なり思ふに斯る不都合の改正は單に一時の思付きにして實際には行はれざることならんなれども若しも強ひて行はんとならば取りも直さず自から事業の發達を妨ぐるものにして決して恕す可らず我輩は公共の利益の爲めに斷然その改正に反對するものなり
左れば郵便税の增加は斷然排斥す可しとして扨新事業の實行は我輩の所謂增税を斷行して新財源を得るの外に手段なしと雖も優柔不斷の政府に其事を望むも容易に決せざることならん致方なき次第なり左ればとて電信郵便の改良擴張は實際焦眉の急にして一日も等閑に付す可らず誠に困り果てたる始末にして其始末を如何す可きやと云ふ我輩は差當り逓信事業の経済を獨立せしめて自から事業を經營せしむるの一事を勸告するものなり今の逓信の事業とは即ち郵便逓信鐵道の事業に外ならず事の便宜の爲めに國家事業など名づけて政府の手に營むことなれども其性質は純然たる商賣營業にして自から利益を収むるものなれば其収益の割合に事業を擴張するこそ商賣の本旨にして又公共の便利なれ營業の實際を見るに収益の甚だ大なるは年々の統計に明にして最も有利の商法なるに然るに政府は自から興業を營みて利益を収むる其利益は悉皆これを國庫に入れて一般の會計に益しながら其營業の改良擴張に付ては一錢も支出せざるのみか更らに郵便税の增加などますます商品の價を高くし無理に賣付けて事業の擴張費を利せんとするが如き斷じて商賣の法に非ざるなり政府の會計法に據れば苟も収入と見る可きものは一切國庫に入れて自由に使用せしめず實際の費用は豫算を定めて更らに國庫より支出せしむ即ち法の規定なり入るものは慥に収めて出すものは容易に出さず堅固一偏封建武士流の筆法にして一般の會計法は夫れにて差支もなからんなれども逓信事業は純然たる商賣營業にして事の便宜より政府自から營む其營業を士族流の會計法に束縛せしめて自から苦しむとは何事ぞや速に法の束縛を解き其事業を獨立にして自から經營せしむ可きものなり獨立經營の上は着々その實効を責めて改良擴張を促し若しも費用の足らざることあらんには更に國庫より補助するも差支なけれども實際に収支の計算を見れば年々の収益甚だ少なからず今の擴張計畫を實にして綽々餘裕あるは數の明白なる所のみか更らに事の必要に應じて改良進歩の効を見ること甚だ容易なる可し會計其他の監督法の如きは如何樣にも工風あることなれば其工風は自から別として我輩は差當り獨立營業の決斷を勸告するものなり