「眼前に事の切迫を何如せん/圓銀の引換手續及び其期限」
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時事新報に掲載された「眼前に事の切迫を何如せん/圓銀の引換手續及び其期限」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
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眼前に事の切迫を何如せん
目下我國の事態は甚だ容易ならずして内外切迫の時節なりと云ふ何人も心に解せざるものなしと雖も眼前に形を見ざるときは心に恐れを懷きながらも自から事を怠るは不通の情にして人生の禍點なく喩へば人々の養生法にしても秋冷の時候は下痢を催ほし易くして赤痢等の病に襲はるゝの危險ありと云ふ分り切たることにして豫め飮食を愼み運動を勉めて腎胃の強壯を謀るこそ病を避る法なれども暴飮暴食不養生の中に夏を送り秋を迎へ金風〓地此處にも彼處にも惡疫發生の段に至りて俄に注意するの常なり又大酒に耽る過飮家が早曉酒毒に中らる可きは自から承知しながら半生の習慣自から癖を成して自から禁ずるを得ず一盃々々次第に量を增して止まる所を知らず一旦中毒の症を發して始めて憚るの例は珍らしからず孰れも人生の弱點にして止むを得ざる次第とは云ひながら人間は單に情欲一偏の動物に非ず自から其弱點を押へて自から一身の安全健康を保つもの世間に多少なるのみならず假令ひ平生の不注意より病に冒されながらも早く自から決心して治療の法を講ずるときは其害を免かるゝこと決して難からず自から救ふと自から倒るゝと其死活の分目は只決心の遲速如何に在るのみ今の政府の當局者達は目下の有樣を如何に眺めつゝあるか單に事態不容易内外切迫と云へば自から形に見る可らざるが如しと雖も國家病の徴候は先づ政府の樣態に現はるゝの常にして我輩の診察に據れば今の政府は今後の養生肝要なるのみか既に已に赤痢酒毒の病に冒されて徴候の著しきを認めざるを得ず臺灣の始末の如き漸く拓殖務省の廢止を始とて徒らにおひおひ改革に着手する筈なりと云ふ其改革甚だ善しと雖も眼前の必要を今日まで空しく延引して今更ら改革とは既に手遲れには非ざるか又財政の計畫は如何、〓〓〓の〓〓は如何、更らに外交の始末は如何と一々計へ奉るときは孰れも眼前に切迫の徴候を呈しながら未だ之に對するの處方あるを聞かず甚だ心細き次第にして今後の經過寒心に堪へざるものあり既に徴候の著しきのみならず或は手遲れの掛念ありとすれば其病症は取も直さず主任醫の手に餘りたるものにこそあれば更らに他の醫者を〓き醫案の相談に及ぶは勿論にして或は〓〓に據りては他をして主任の事に當らしめて之を助くるも可なり其醫者の數には自から限りあることなれば〓に〓〓して有らゆる醫案を盡し治療に勉むるは目下の急にして世間に所謂大老合同とは〓〓の意味なる可し我輩は本來専門家に非ざれば甚だ政界の事を知るに〓なり或は其〓〓は聞けば聞くほど困難の事〓もあらんなれども實際に切迫の情態は一見〓向にして此儘にて無難の〓〓は甚だ覺束なきに〓〓〓〓ば〓〓〓〓一事にして〓〓〓〓〓〓〓〓の〓〓〓〓〓〓の〓〓〓〓〓〓〓の下命に忙殺し〓或は〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓し〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓が〓〓〓〓〓らぬ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓本年の〓〓に〓はれざるを得ず〓〓〓〓〓敎育甚だ〓〓〓〓〓〓に〓〓〓の〓〓〓〓〓〓〓〓〓十日に過ぎざるの今日、其〓を操縱して多飮を制するの成算既に成りたるや否や議會の操縱は姑く別としても更らに明年の選擧に對する用意は何如三百の地位を爭ふにおのおの三名の候補者ありとすれば九百名の競爭者を見る可き尚ほ其上に競爭場裡に奔走擧動の人數は幾十萬髙の多きに及ぶことならん全國の大騷動なりと云ふ可し現に今回埼玉縣下の補缺選擧の如き單に二人の競爭の爲めに双方共に多人數を動かして殺伐の始末を演じ數名の死傷者を生じたるに非ずや若しも明年の大選擧に其取締方不行屆にして埼玉の二の舞を見ることもあらんには國中到る處に何如なる慘状を呈するやも知る可らず政府は果して充分に其騷動を制し得るの覺悟ありや否や大に警察の力を張り又地方官の怠慢を警めて隅々まで取締るは選擧に對するの第一の用意なれども今回の始末を見ては其邊の用意甚だ覺束なしと云はざるを得ず況んや外交の一段に至りては危機切迫風雲の變態、朝に夕を謀る可らざるものあり何人の思案にも餘る大事件にして單に當局者の方寸のみに決す可き場合に非ざるなり之を要するに目下の有樣は内より失火して母屋の將に燒けんとすると一般、本家本元の騷動にこそあれば家の主人を始めとして隱居分家の區別なく一課總掛りにて消防に盡力せざる可らざる此場合に隣家の下女下男等が何か云々するならんとて其評判を氣にして躊躇するが如きは家を思ふの精神未だ足らざるものして自から不親切の責を免かれざる可し我輩は政界の事に不案内なれども事態の切迫は局外の目にも明白にして此場合に臨みては千萬無量の情實も一刀兩斷の難からざるを認むるものなり何如に人情の弱轉とは云ひながら眼前に險惡の病状を呈して或は既に手遲れの懸念さへあるに左視右顧何を憚かりて治療の決斷に躊躇するや政府自から倒るゝは差支えなけれども國家をして看す看す病毒に倒れしむるは斷じて許す可らず我輩の呉れ呉れも決斷を希望する所のものなり
圓銀の引換手續及び其期限
金貨本位は敢て人民より迫りしに非ず政府が財政上の都合より強いて斷行したるものなれば之が爲めに圓銀の所有者を迷惑せしむ可らず若しも處分の法、宜しきを得ずして少しにても損失を被らしむることあらば政者は紛れなく人民の所有銀を犯すものと云ふべし銀〓ひ或は直に所有權に害なしとするも故らに其引換の手續を面倒にして不便を感ぜしむるが如きは政府の信用に對して甚だ妙ならず今大〓者の〓〓を見るに金貨と引換を望む者は中央金庫(東京日本銀行)に申出でざる可らず其他の各地方にては正金銀行本支店(橫濱及び神戸)並に各本金庫(縣廳所在地に在り)に於て交換の取次を〓すのみ取次とは何如なる意味なるやと問ふに〓〓〓〓〓〓〓に正金銀行本支店に引換を申出づる者あれば〓〓〓〓〓を中央金庫に送付し代りとして金貨の〓〓を〓て本人に交附するものにして其間の金利は〓〓〓〓〓損失に〓するなりと云ふ(但し正金銀行本支店のみは實際直に引換ふる手筈なるよし)何故に政府は斯の如く引換を窮窟にして人民を苦しめんとするか金の準備は幾千萬ありて何程引換を求めらるゝも閉口することなしと公言しながらいよいよ實行の場合に臨で成る可く金の據出を防がんが爲め引換所を全國中たゞ一箇所に限て不便と損失とを蒙らしむるは卑怯と云ふ可し或は全國の本支金庫にて直に引換ふることゝすれば預め金貨を各地方に配布せざるを得ずして甚だ面倒なりと云はんかなれども面倒の一事は以て義務を怠るの口實と爲す可らず警察の働を活溌にして盜難を防ぐも面倒なり外交を機敏にして國權を全うするも面倒なれども其面倒を犯すが即ち政府の職務にして之が爲めに人民は相當の租税を拂うことなり且つ租税の徴收は本支金庫にて取扱ひながら政府の都合より出でたる金銀の引換は全國中一箇所に限て人民の不便損失を顧みずとは得手勝手の甚だしきものと云ふ可し尤も本金庫は兌換券とならば何時にても引換ふ可きに付き是非共金貨を望むものは其兌換券を以て日本銀行の本支店に就て隨時引換ふるの〓もあるよしなれども斯の如くすれば二重の手數を費さゞるを得ず人民は矢張り迷惑することなれば一層便利の方法を立つること肝要なる可し又その引換期限に付ても不審の疑なきに非ず貨幣法に據れば一圓銀貨通用禁止の場合には六箇月以前に勅令を以て公布し其禁止の翌日より起算して滿五箇月以内に引換を請求せざるときは爾後地金として取扱はるゝ筈なり當時引換期限を一箇年とす可しとの説もありしかども政府は人民の權理を重んじ又その便利を計て原案を主張し強ひて議會を通過せしめたり既に通過して公然法律として發布したる上は五箇年の期限は恰も人民の既得權にして容易に犯す可らざるのみならず政府の面目に於ても輕々しく改むるを得ざる次第なるに然るに聞く所に據れば當局者は昨今銀價の動搖烈しきに狼狽し一日も早く銀貨を處分し了らんとて近々勅令を以て其通用期限を來年三月末日までと定め更らに法律を改正して引換時期を三箇月に短縮す可しとの議ありと云ふ五箇年と三箇月とは何如にも著しき相違にして一箇年説にすら反對したる其舌の根の未だ乾かざるに忽ちにして三箇月に改正の議を提出せんとは豹變も亦甚だしと云ふべし豹變必ずしも惡しからず人民の利害にさへ相違なければ縱令ひ二箇月に縮め一箇月に限るも不可なしと雖も實際全國の人民をして普く之を知らしむるは容易に非ず現に明治二十三年二月發布の法律には政府銀行の補助貨幣及び紙幣にして通用を廃止したるものは其廢止の翌日より起算し滿五箇年内に引換を請求せざれば期限免除として政府は其引換義務を免るゝものとすとあり一圓銀貨は補助貨に非ざれば固より曩法律に束縛せらるゝことなしと雖も亦以て僅々數月の間に引換を了らんとするの無理なるを見る可し數年の猶豫を與へてさへ山間僻地の人民中には引換期限を知らず空しく紙幣を反故にしたるもの少なからざるよしなれば況して歳月の期限にては損失を被るもの必ず多かる可し果して相應の期日を與へざるが爲めに損失するものありとすれば〓〓政府は人民を欺きたるものと云ふも可なり實に自國の人民に對してのみならず同時に又外國人の〓に信用を失ふを犯せん圓銀の〓〓は〓在するもの少なからず銀價の下落に付ては之を掻き集めて引換を求めんとするもの必ず多かる可し而して此難は引換期限の長短に於て一方ならぬ利害を感ずる者なれば若しも日本政府に於て實際之を拒まんが爲めに法外に其期限を短縮し俗に云ふ鬼の來ぬ間に洗濯して匆々門を閉ぢんとするが如きことあらば卑怯未練なりとて物議を生ず可きや必せり政府の面目を損すること大なる可し曩きには利害の明白ならざる貨幣制度の改革をすら談じながら今や其結果として當然行ふ可き金銀の引換に臆し成る可く其門戸を窮窟にせんとするは何ぞや引換に應ず可き金には不足なかる可し萬々一にも不足したる場合には銀を以て金を買ふも可なり多少の損失は大日本大政府の威信には代へ難し大に門戸を開て颯々と銀貨を迎ふ可きのみ