「高等法院長の進退」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「高等法院長の進退」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

高等法院長の進退

臺灣高等法院長の進退は端なく世上の問題と爲り或は違憲の沙汰なりと云ひ又は當然の處置なりと説き是非の議論紛紛として未だ歸する所なきが如し蓋し双方共に相當の理由ありて何れよりも立論するを得るが爲めなる可し今姑く憲法論を別として事の是非を論ぜんに當局者の處置、穩當なりと云ふを得ず凡そ官吏を非免するには夫れ夫れ相當の理由ある可き筈にして例へば不能にして任に適せずとか不品行にして品位を損したりとか怠慢にして職務を盡さぬとか又は大に失策したりとか何か申分なかる可らず若しも故なくして非職或は免職を命ずるが如きとあらば官吏社會は不安に堪へず落附て勉強する者なかる可し今法院長の人物如何は我輩の知る所に非ざれども世間の評判に據れば甚だしき欠點もなきが如し赴任以来孜孜として新領地司法制度の創立に盡力すると共に行政官吏の非行を摘發して嚴に處分せんと欲したるのみにして別に非行を犯して體面を汚したることもなく又大に失策して赤面したることもなしと云ふ左れば政府が之に非職を命じたるは不審にして物議の喧しきも偶然に非ざれ共然れども政府とて何の必要もなきに態態物議を犯して漫に人を進退す可きに非ず我輩の所見を以てすれば臺灣は百事草創の地にして自から多少の不取締を免れず其官吏の如きも月給の外に一種の望を抱て赴任する者多く商人輩も奇利を目的として渡臺する者少なからざる可し此間に立て爬羅剔抉、些細の非行も摘發して一一嚴罰に處せんとすれば臺灣は恰も百鬼夜行の觀を呈して世間に對しても不體裁なれば敢て臭いものに蓋する譯には非ざれ共少少の不都合は大目に見て程よく取繕ふこそ智者の計なれ然るに法院長は飽迄も摘發して毫も假借する所なからんとする者なれば行政部との折合圓滑ならずして遂には施政の敏活をも妨ぐるに至る可しとて〓は強ひて非職を命じたるものならんか強ち無理と云ふ可らず假令ひ當人の身に格別の落度なしとするも普通の行政官ならば不折合の一事以て非免を命ずるの理由として十分なれ共司法官の進退には自から異なる所なかる可らず裁判官に貴ぶ所は獨立不羈にして苟も他より動さるる樣にては到底其本色を全うする能はず左ればこそ憲法に於ても其獨立を保證したる次第にして假令ひ新領地に於ては其意に反して司法官を非免するも憲法上差支なしとするも成る可く之を尊重して實際に於ては獨立を保たしむるこそ肝要なれ若しも法律の文句に差支なければとて一時の便宜の爲めに自由自在に法官を進退することあらば左なきだに腐敗し易き臺灣の地、是れ迄防腐劑の用を爲したるものまでも腐敗して〓に〓は手の附け樣なきに至る可し司法大臣の如きも法律上臺灣法官の獨立を認めざれども實際には其必要を認むるが如し左れば萬已むを得ざる事情あるに非ざれば〓〓〓を犯す可らず特に目下疑獄事件は未だ落着〓〓〓人の注目を〓らざるの際、強ひて其發頭人を非〓するに於ては疑〓いよいよ深くして遂には途方もなき〓〓を畫くに至る可し一方に於ては世の疑惑を招き他の一方に於ては法官を不安の地位に陷れて腐敗の淵に臨ましむ智者の事に非ざるなり一官吏の進退齒牙に掛かるに足らざるが如くなれども臺灣今後の治績に影響する所蓋し少なからざる可し敢て一言する所以なり