「怠慢か無能か」
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時事新報に掲載された「怠慢か無能か」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
怠慢か無能か
運輸交通事業の不始末は我輩の毎度論じたる所にして其不始末に二樣の意味あり一は既設機關の運轉を澁滯せしむることにて他は當に進む可き事業を進めざることなり郵便の遅着、配達泄れ等は即ち機關の運轉を全うせざるものなり或は給料足らずして十分に人を雇ふ能はずとの口實もあらんかなれども既に政府が此事業を敢て自から任じたる上は何としても其責を免れざるのみならず臺灣電信の如きは技術者の慣れざるが爲めか間違甚だ多くして敏活なる通信は迚も望む可らずと云ふ元來此電信に付ては豫め取扱人の用意もなく落成の後に至て漸く技手の養成に着手したるほどの次第なれば今日に於て通信の不十分なるは固より其所なる可し而して鐡道の運轉に於て無責任を極め旅客貨物の取扱、粗末至極なるは前日來の紙上に記す通りにして只呆るゝの外なけれども是れは姑く別として措き更らに我輩の問はんと欲する所のものは鐡道の新設及び其改良の事なり二十九年度の豫算と決算とを對照するに其年度の内に遣ひ果すこと能はずして翌年度に繰越したる金額少なからず中には只一小部分を費したるに過ぎざるものもあり試みに其〓を見る可し
前年度繰越額 廿九年度豫算 翌年度繰越額
〓 〓 〓
〓嶋〓〓間 二三〇、六八四、一〓九 一、二〇〇、〇〇〇、〇〇〇 一〇八、四六六、一八四
敦賀冨山間 二二一、八一四、七一六 一、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇 二九、二〇〇、七三六
八王子名古屋間 三三〇、〇〇〇、〇〇〇 一、四〇〇、〇〇〇、〇〇〇 一、〇二五、一〇九、八三六
篠井塩尻間 二五〇、〇〇〇、〇〇〇 九〇〇、〇〇〇、〇〇〇 八四七、八四六、六二〇
小計 一、〇五五、三六七、六六六 四、五〇〇、〇〇〇、〇〇〇 二、〇一〇、六二三、四一七
鐡道改良費 ― 四、五〇〇、〇〇〇、〇〇〇 三、三三三、六九九、九九一
總計 一、〇五五、三六七、六六六 九、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇 五、三四四、三二三、四〇八
即ち實際費したる金額は前年度の繰越金と豫算額とを合せたるものゝ半にも達せず特に鐡道改良費の如きは四百五十萬の豫算中僅に百十六萬餘圓を用ひたるのみ東海道の鐡道は日本の大動脈にして最も完全なる可き筈なるに貨物は常に澁滯して苦情多きのみならず風雨の爲めに破損するは毎度の沙汰なれば其複線工事は急中の急なり而して右改良費とは即ち主として此工事に用ふ可きものなるに然るに唯僅に四分の一を費したるのみとは如何にも堪へ難き次第にして怠慢の罪を免れんとすれば即ち無能の譏を免れず内閣は何故に斯る事實を漫然看過するか逓信省の官吏が果して怠慢にして其責任を盡さゞるか若しくは無能にして委託の事業を經營すること能はざるに於ては斷然處分して可なり行政整理とは單に官制改正の意に非ず斯る不始末を始末するこそ其本位なれ議會も亦たゞ法律問題や政黨或は政府に對する政略にみに汲々として實利問題を顧みず費用は要求のまにまに支出して事業の進歩如何を問はざるは亦その職務を盡さゞるものと云はざる可らず曾て議會は政府の不信任を云々して軍艦製造費、其他必要の事業費を否決したることあり固より穩當の處置には非ざれども行政監督の任を盡さんには常に當局者の擧動如何に注意して若しも失體あれば嚴重に問ふ所なかる可らず政府も議会も將た世上の論者も徒に空論に重きを置かずして實利害の問題に今少しく熱心ならんこと我輩の切望する所なり