「極印付圓銀に關する勅令に就て」
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時事新報に掲載された「極印付圓銀に關する勅令に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
極印付圓銀に關する勅令に就て
幣制改革後臺灣にも内地と同樣金貨本位を實施す可きや否やは世上の一問題にして今日に至るまで種種の議論なきに非ず思ふに引換濟の圓銀を臺灣に廻送し引換期限後も法貸として通用せしむる一事は當局者が熱心に希望する所にして臺灣銀行が無記名式一覽拂手形の仕拂凖備に金銀貨并に地金銀を充つるも此邊の意に出でたるものに外ならず若しも斯る方法にして行はれんには圓銀の處分を全うするも甚だ容易なるが如くなれども金銀比價變動の頻繁なる今日到底その實行を望む可らず然らば臺灣に限り純然たる銀貨本位制を施行し内地の幣制と關係を絶たば如何と云ふに圓銀處分の一法としては或は妙なるが如くなれども斯くするときは内地と臺灣との爲換相塲は金銀價と共に動搖して商賣取引に種種の不便を見るのみならず政府が臺灣の歳計を補足し内地の資本家が同嶋の事業に資本を放下し又嶋地の事業家が内地の資本家に債務を果すに當て意外の違算を生じ經濟上の交通に圓滑を欠くの結果なきを得ず左れば幣制改革の當否は別問題として既に金貨本位を實施したる以上は内地の經濟との關係上臺灣にも斷然金貨本位を實行するの外相當の處置なかる可し又實際に於ても貨幣法の實施後自から金貨本位は内地と動搖、同嶋にも實施せられたる姿なるに然るに今回勅令を以て臺灣に限り當分の内政府が一定の極印を施せる圓銀を時價を以て政府の出納に用ふるを得る旨を公布したり此一事は固より臺灣に於ける金貨本位の實施を妨ぐる者に非ずと雖も同嶋の實際に徴するに貨幣の流通に混雜を極むるに拘はらず殊更らに極印付圓銀の通用を許すの必要ありや否や從來臺灣に廣く流通する貨幣は銅錢の外〓銀香港銀、〓東銀臺灣銀並に我圓銀等にして土人は全く金貨の通用に慣れざるを以て今後〓銀を引上げて金貨を通用せしめんとすれば流通上に不便を來す可しとは當局者が極印付圓銀の通用を必要なりとする理由なれども如何に土人が銀貨の流通に慣れ又如何に無智なればとて己れが受取りたる金貨を以て兩替店なり銀行なり好む所に就て市價に應じて相當の銀貨又は銀地金と引換ふること自由なりとあれば實際に流通の困難を見ざるは現に今日我兌換券が非常の信用を博し邊鄙の地方を除くの外銀貨に對し千圓に付き三四圓の打歩を以て流通するの事實に徴するも甚だ〓なり况んや兌換券の通用區域次第に廣まれば金貨が〓すると銀貨が流通するとは土人に對して殆ど無〓〓なるに於てをや政府が臺灣に金貨本位を實施しながら殊更らに極印付圓銀の通用を許すは同嶋に於ける〓〓の〓一を被るものにして左なきだに紊亂の〓ある制度に一層の紊亂を加へ日常の取引に非常の混雜を招くに至る可し殊に政府は時價を以て極印付圓銀を出納するの定めなれば圓銀の價格は常に動搖を免れざるものと覺悟せざる可らず抑も貨幣の價格が地金の價格〓〓〓〓〓〓〓が〓に〓〓〓〓て價格に意外の動搖を〓〓〓は〓するに〓〓〓〓〓の作用なるに然るに極印付圓銀は全く斯る作用を欠き其供給に制限あるが故に若しも當局者の所信の如く土人の需用多ければ其價格は自から地金以上に騰貴する塲合なきを得ず斯る塲合には政府は引換濟圓銀を鑄潰し地金として市塲に賣出さんよりは極印を施し時價にて臺灣に通用せしむる方利益あるを以て多額の圓銀を放出することもあらんには忽ち價格の下落を招くに至る可し果して然らば極印付圓銀の價格は自由鑄造なる自然の作用に支配せられずして常に政府の手加■(にすい+「咸」)如何に依て左右せられざるを得ず人民に非常の迷惑を被むらしむる其上に市價の變動激しくして政府が定めたる時價と相異を生ずれば圓銀を受授するに當て種種の投機行はれ政府も意外の損失を免かれざる可し政府が斯る勅令を發布したる眞意は要するに臺灣の土民が銀貨を珍重するに乘じて圓銀處分より生ずる損失を免かれんとするに非ざるか若しも然らんには實際臺灣をして殆んど實物經濟に近き境遇に陷らしめざるを得ず幣制改革に就て得失の議論喧しかりし當時、貨幣の價格は一定不動なるを要すとて極力銀貨本位を非難したる其政府が動搖限り無き幣制を臺灣に布かんとす前後撞着も茲に至て極まれりと云ふ可し
要するに圓銀の處分は幣制改革に伴ふ難問題なり悉皆これを補助貨に改鑄するは事情の許さざる所にして臺灣の上地金として賣出せばいよいよ銀價の下落を促がして國庫に損失を被らしめざるを得ず左ればとて國庫に貯藏し置くは愚の甚だしきものなれば當局者が頻りに苦心するも無理ならぬ次第なれども本來幣制改革の如き大决斷を行ふに當て前途に多少の困難あるは當局者の豫期す可き所に非ずや銀價の變動に遇へば當初の言責を無にして銀貨の引換期限を短縮せんとし又は區區たる小策を施して圓銀處分の損失を補はんとするが如き其無定見を曝露するに過ぎず獨逸政府が戰捷の餘威に乘じて幣制を改革し銀貨の鑄潰に着手したれ共銀塊賣出しの爲めに銀價の暴落を招き數年ならずして鑄潰を中止し今日に至るまでターレル銀貨は金貨と共に無制限法貨として市塲に流通するは世人の知る所なり我政府も果して圓銀の處分を完了するを得るや否や我輩の疑を存する所のものなり